分子細胞生物学 | 数理解析

PubMedID 31477929
Title A pooled single-cell genetic screen identifies regulatory checkpoints in the continuum of the epithelial-to-mesenchymal transition.
Journal Nature genetics 2019 Sep;51(9):1389-1398.
Author McFaline-Figueroa JL,Hill AJ,Qiu X,Jackson D,Shendure J,Trapnell C
  • A pooled single-cell genetic screen identifies regulatory checkpoints in the continuum of the epithelial-to-mesenchymal transition.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子発癌分野 山本瑞生
  • 投稿日 2019/12/02

 上皮間葉転換(EMT)は上皮様の接着構造を持った細胞が間葉様の運動性の高い細胞へと転換する機構であり、発生段階の神経細胞の移動や創傷治癒の際の細胞集積に重要である。上皮細胞由来の癌細胞においてもこの現象が頻繁に見られ、運動性の亢進による転移や幹細胞性の獲得による再発の機序として注目されている。
 近年、このEMTの過程にはいくつかの安定な中間段階が存在し、完全な間葉様細胞へと転換した細胞よりむしろ中間段階(partial-EMT)の細胞がより高い転移能や造腫瘍能を持つ事が示された。現状では、いくつかの組織由来の腫瘍ではこの中間段階を標識可能な表面抗原の報告があるがその全容は未解明である。

 本報告で筆者たちは正常乳腺由来の細胞株MCF10Aが高密度で培養した場合は上皮様の性質を示し、低密度で培養した場合は間葉様の性質を示すことに注目して、このconfluency-dependent EMTの過程を1細胞解析によって解析した。その結果、上皮マーカーE-cadherinや間葉マーカーVimentinが連続的に変化することが分かった。そこで筆者達はこれらの細胞をその性質の類似性から、上皮様の細胞から間葉様の細胞まで変化の軌跡を解析し"pseudospatial trajectory"という1方向の軸に沿って疑似空間に配列させ、その軸上での遺伝子発現変化や細胞集団密度の変化を解析した。更にこのconfluency-dependent EMTにTGF-betaを処理してよりin vivoに近い環境におけるEMTを観察し、EMTの初期と後期にK-Rasの活性化の波が発生していることを見出した。
 さらに筆者たちはpool型のCRISPR-Cas9 gRNAを用いて16種の受容体と24種の転写因子を含むEMTk関連遺伝子がKOされた集団における1細胞解析を行い、その細胞の遺伝子発現とその細胞が持っているgRNA配列から遺伝子欠損とそのプロファイルを対応させるCROP-sequence解析を行った。その結果、K-Ras上流に位置するEGFRやc-METのgRNAを持つ細胞がEMT軌跡の初期に蓄積すること、TGF-beta処理によってこれらの経路がバイパスされてEMTが進むことを明らかにした。
 以上の結果から筆者たちはEMTを連続的な変化ととらえることに成功し、さらにその変化における複数遺伝子の役割を同時に解析する手法を確立した。

 本研究ではEMTを上皮様から間葉様への1方向変化と見なしているため、間葉様から上皮様への転換するEMTの逆反応であるMETの軌跡を考慮出来ていない。この点は本研究で用いたconfluency-dependent EMTでは大きな問題ではないのかもしれないが、実際の腫瘍内における癌細胞の不均一性を説明する上では中間段階の理解において間違った理解を導く可能性があると考えられる。上皮様から間葉様への軌跡と間葉様から上皮様への軌跡は異なる物である可能性があるからである。
また、pool型gRNAを用いた解析ではCROP-seqの限界から既知のEMT関連遺伝子の解析にとどまっており、EMT軌跡における各遺伝子の重要性の解明がEMTを標的とした治療法の確立に向けた今後の課題と考えられる。

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