分子細胞生物学

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  • RBは細胞の系譜を保ち、腫瘍進行・転移における多くの段階を制約する
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子シグナル制御分野 齊藤 まりこ
  • 投稿日 2019/12/09

【内容要約】
 RB(遺伝子:Rb, タンパク質:RB)は、世界で初めて同定された癌抑制因子である。RB喪失をはじめ、RB経路における種々の異常は癌で見られる特徴で、肺腺癌でもよく見られる。しかし、細胞がどのような選択決定下だとRBを永久喪失し、癌化してしまうのか、分子・細胞レベルでは未解明である。
 一方、RB経路再活性化を目的としたCDK4(サイクリン依存性キナーゼ4)やCDK6の阻害剤は、癌の幾つかの型で効果を示すことが既知である。肺腺癌に対しても現在、新たな治療戦略としての評価が行われている。しかし、そもそもRB経路再活性化が真に癌治療戦略となり得るのか、CDK4・CDK6阻害だけで十分にRB経路再活性化ができているのか等の疑問は残されたままだ。
 著者らは変異型KRASによる腫瘍をマウスで作製し、これを用いて肺腺癌におけるRB喪失や、RB経路再活性化といった現象をモデル化した。モデル上、進行癌がRBを喪失すると、それまで細胞内で機能していた「癌進行の障壁2つ」に対しいずれも迂回路が生じるため、癌が更に進行できるようになる。
迂回路1つ目は、「癌が悪性化するには、一定以上のMAPKシグナル増幅が必要」という障壁を迂回し、本来必要程度のMAPKシグナル増幅が無くても癌は悪性化できるようになるというものである。この迂回路において実際には、《CDK2依存的RBリン酸化》がMAPKシグナル伝達に影響していることと、その機構の働き具合で癌のCDK4・CDK6阻害抵抗性(癌でCDK4・CDK6が阻害されてもRB経路が再活性化されない程度)が変わってくる可能性を著者らは見出した。
 迂回路2つ目は、RBが不活性化されると、それまで調節下にあった細胞状態決定因子の発現が脱調節されるため、これにより癌細胞は「細胞の系譜(lineage fidelity)」からの逸脱が促されて、転移能獲得も加速するという現象を指す。反対に、進行癌においてRBを再活性化すると、癌はより転移能の低い細胞状態へ再プログラム化される。但しこの時、MAPKシグナル増幅CDK依存的RB抑制機構も復活する(MAPK経路の再配線)ため、癌細胞増殖・腫瘍進行自体は止められない。
 また著者らは今回、「可逆的な遺伝子攪乱(ExtFig. 2a, Ref. 10)」実験を実際に行っており、本手法が
  ・腫瘍進行における分子機構
  ・遺伝子と、その制御下にある腫瘍抑制プログラムとの因果関係
  ・有効な癌治療のための重要決定因子
等の解明研究において、今後強力な戦略となるであろうことも実証している。

【結論要約】
 RB経路再活性化は癌細胞増殖をあまり抑制しないが、進行癌細胞を再プログラム化し、進行前段階の細胞状態に戻す効果を以て、新たな癌治療法となり得る。

【齊藤のコメント】
 著者らは今回、癌が進行する上で重要な「細胞内の対癌防御システムを癌がすり抜ける迂回路」に注目し、RB経路再活性化がいかに癌治療に役立ちそうか、知見と考察を示した。加えて、臨床におけるRB再活性化の手順として、著者らは「MAPK経路増幅を抑制する binimetinib, CDK4/6 阻害薬 parbociclib 及び、未発見のCDK2阻害薬を併用する3剤併用療法」を提案した(ExtFig. 10 c-f)。
 耐性出現は免れられないとしても、binimetinib, parbociclib の作用機序自体は、いずれも細胞生存に深く関わるシグナルを遮断する強力なものである。従って、実際にこれらの薬剤を併用した場合、治療効果の利益よりも、細胞毒性・副作用の有害さが上回るのではないかと私は懸念を抱いた。本論文中、著者らはマウスの実験データを詳細に示している一方、抗癌剤の副作用の強さ(弱さ)を示唆する指標にもなるマウスの体重推移(減少)データは載せていないことが、上述の懸念を一層強くする。

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