分子細胞生物学

PubMedID 27889448
Title Inhibition of Ras/Raf/MEK/ERK Pathway Signaling by a Stress-Induced Phospho-Regulatory Circuit.
Journal Molecular cell 2016 Dec;64(5):875-887.
Author Ritt DA,Abreu-Blanco MT,Bindu L,Durrant DE,Zhou M,Specht SI,Stephen AG,Holderfield M,Morrison DK
  • Inhibition of Ras/Raf/MEK/ERK Pathway Signaling by a Stress-Induced Phospho-Regulatory Circuit.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子シグナル制御分野 内田 咲衣
  • 投稿日 2017/07/21

Ras経路は細胞の増殖や成長に重要な役割を果たしており、ヒトの癌細胞では
異常な活性化が見られる。Raf/MEK/ERKキナーゼ経路の活性化には、Rafが細胞質から細胞膜にリクルートされ、Ras-GTPと直接結合する必要があり、RafはRasと結合すると、構造変化を起こし二量体化することが知られている(Freeman et al., 2013)。一度Rafが活性化すると、段階的なリン酸化が起こり、最終的にERKを活性化する。またERKは負のフィードバックによりRafを不活性化し、経路の活性を調節することが分かっている (Dougherty et al., 2005; Mendoza et al.,2011)。これまでERK経路の制御機構としてRafの二量体化が注目されてきたが、ATP結合部位を阻害する薬剤における薬剤耐性が問題視されてきた(Lio et al.,2013)。
本論文ではRigosertib(RIG, ON01910)という薬剤の効果について様々な観点から言及している。RIGはMDS(骨髄異形成症候群)の治療薬として使用されており、非ATP競合阻害剤であるため、薬剤耐性の面でも有効であるが、その効果は幅広く、これまでの先行研究で紡錘糸形成阻害やアポトーシスの促進、キナーゼの活性制御、PLK1/PI3Kの制御などに関与しているとの報告がある(Gumireddy et al., 2005; Prasad et al., 2009)。近年、新しいRIGの効果として、RafのRBD(Ras Binding Domain)に結合することでRasとRafの結合を阻害するRas mimicとしての役割が報告された(Athuluri-Divakar et al., 2016)。
筆者らは、もしRIGがRaf-RBDに結合するならば、Ras経路依存的なRafの二量体化やRas経路の下流を制御するはずであると仮定し、RIGの効果を検証した。
その結果、SPR(Surface Plasmon Resonance)法によって低濃度のRigはRaf(RBD)とのアフィニティーが低く、先行研究と異なる結果を得た。また、2hr、もしくは18hr RIG処理を行うと、共通してRBDを持つRafとp110-PI3Kで活性化のタイミングが異なる事も分かり、RIGは今まで報告されているものとは別のメカニズムでRas経路のシグナル伝達を変更している可能性を考えた。RIGの処理時間をふっていくと、C-RafのS642のリン酸化とRafのシフトアップがJNKの活性と相関して強くなることをウェスタンブロットによって確認し、JNK阻害剤を用いるとバンドが消失、シフトダウンすることを見出した。MKK4を欠損した細胞ではこれらの現象が見られない事も確認している。また18hrRigを処理した場合に、Rafの二量体化形成、Raf(RBD)とRasの結合能の消失やRas経路の標的であるRAF・Sos1がJNKによって直接リン酸化されることをin vitro kinase assayやMass解析、ウェスタンブロットによって明らかにしている。Rig以外に、JNK経路を活性化する生理刺激であるTNFαや紡錘糸形成阻害剤(taxol, KG5)、微小管形成阻害剤(nocodazole, vincristine, vinblastine )を用いた場合にも、Rig18hr処理と同様の効果を得た。以上の結果から、増殖因子刺激が長時間に及ぶ場合、本来ストレス刺激に応答するJNKはRafやSos1のリン酸化を介してRas経路を抑え、アポトーシス方向に誘導し、細胞増殖や生存方向へ向かうことを防いでいることを結論としている。
本論文に示されていたように、Rasが恒常的に活性化した細胞においてもRigはRafの二量体化形成を阻害している事から、濃度によっては薬剤耐性を持たない有力な癌療法につなげられるように思うが、Rigの標的は本論文でも明らかになっておらず、どのようにRigが紡錘糸形成阻害を介して酸化ストレスを誘発し、JNK経路を活性化しているのか、今後さらなる研究が必要であるように思う。

返信(0) | 返信する