分子細胞生物学

PubMedID 30858571
Title Aedes aegypti AgBR1 antibodies modulate early Zika virus infection of mice.
Journal Nature microbiology 2019 06;4(6):948-955.
Author Uraki R,Hastings AK,Marin-Lopez A,Sumida T,Takahashi T,Grover JR,Iwasaki A,Hafler DA,Montgomery RR,Fikrig E
  • Aedes aegypti AgBR1 antibodies modulate early Zika virus infection of mice.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子発癌分野 藤波 祐丞
  • 投稿日 2020/03/02

蚊は餌となる動物の血を吸う際に、唾液由来のタンパクを皮膚中に注入する。それらの唾液由来タンパクはデングウイルスやジカウイルスなどの節足動物媒介ウイルスの感染を亢進または低下させる事が近年報告されている。例えばタンパク質D7はEタンパク質によるエンベロープとエンドソームの膜融合能を中和し感染抑制性に働くが、セリンプロテアーゼCLIPA3は細胞外マトリックスの分解や免疫反応を抑制する事で感染性の亢進に働く。しかしながら、これらのタンパク質の生理学的な性質や、感染を亢進または抑制する詳細なメカニズムは解析されていない。

 筆者らは近年ジカウイルスの感染に影響する唾液腺由来タンパクに注目し、ジカウイルスを持った蚊に繰り返し刺されたマウス血清中で量が増え、かつウイルス感染に抑制性に働く抗原タンパクを探索し、その機構解明を行っている。筆者らの以前の研究で、SDS-PAGEを用いた手法によりネッタイシマカの唾液腺由来の抗原タンパクaegyptinを同定している。しかし、このSDS-PAGEを用いたスクリーニング法のデメリットは得られるタンパク質が高抗原性かつ発現量の多いタンパク質に限られることであり、今回の報告においてはそれらのデメリットが払拭される酵母表面ディスプレイ法を用いてスクリーニングを行なっている。今回用いられた酵母表面ディスプレイ法を用いたスクリーニング系の概要は以下の通りである。まず、蚊の唾液腺由来のタンパク質ライブラリーを作成するため、300匹のネッタイシマカの唾液腺からRNAを抽出し、逆転写によってcDNAライブラリーを作成した。そしてcDNAを酵母表面ディスプレイ用のベクターに組み込み、酵母に発現させた。このベクターに組み込まれた唾液腺由来のタンパク質は、末端に付随したAga2と酵母表面のAga1がジスルフィド結合する事で、酵母の外側に唾液腺由来のタンパク質が提示される。

 次に、抗原性のあるタンパクを同定するために、蚊に繰り返し吸血されたマウスとそのコントロールの血清を採取しELISA法で血清中のIgGと結合する抗原の存在を検討した。具体的には唾液腺抽出物をプレートに固定したのち洗浄し、Horse Radish Peroxidase標識二次抗体を加えて培養した後、KPLの吸光度を検出した。この結果、蚊に繰り返し刺されたマウスの血清では希釈度合いが高くなるにつれて吸光度が低下し、コントロールの吸光度に近づくグラフが得られた事から、血清中のIgGと結合する抗原が確認された。唾液腺抽出物の抗血清に対するイムノブロットによっても、蚊に繰り返し刺される事により量の増加するタンパク質の存在が確認されている。
次に筆者らはこのスクリーニング系を用いて抗原タンパク質を同定した。このベクターを導入された酵母細胞の表面にタンパク質を発現させたのち、血清から精製したIgGをビオチン化したもので培養し、その後IgG認識ビオチン化抗体とストレプトアビジン結合ビーズを加えてMACS磁気細胞分離を行い、これを4回繰り返した。この結果、IgGと結合した酵母細胞の比率はこの4回目のソーティング後にはコントロールの10.4%に比べてIgGに結合した細胞48.2%と、蚊に繰り返し吸血されたマウス抗血清中のIgGに特異的に結合する細胞が得られていた。ソーティングにより得られた細胞からプラスミドを抽出し、配列を解析することでタンパク質を特定した。このスクリーニングを複数行なった結果、同定された回数が5番目に多かったタンパク質がAgBR1であった。

 AgBR1は蚊が繰り返し宿主動物を吸血すると唾液腺の細胞中での量の上昇が見られるタンパク質であり、マウスにおいてこのタンパク質と相同性のあるタンパク質としてchitinase 3 like-1 proteinが知られる。このchitinase 3 like-1 proteinは宿主動物の免疫応答や炎症反応に関わる事が推定されていた。しかしながら、AgBR1の宿主動物側における生理的な機能は不明であった。そこで、筆者らはAgBR1がin vitroで炎症応答を誘導するか検討した。AgBR1とD7BluをDrosophila S2細胞を用いて精製し、マウスの脾臓細胞に対してAgBR1とD7Bcluを加え、炎症性サイトカインについてIl6、Tnfa、Il1bのmRNA量の変化を検討した結果、Il6がコントロールと比較して上昇していた。
血管透過性の上昇はフラビウイルスの病原性亢進に働くことが知られており、Il6が血管透過性を亢進する事が報告されていた為、筆者らは次にin vivoでジカウイルスの感染性増加に寄与するかを検討した。ジカウイルスまたはジカウイルスとAgBR1を同時投与してから3日後のウイルスRNA量を検討した結果、AgBR1と同時投与した方がウイルス量は多く、生存率も低下していた。この結果から、AgBR1はウイルスの感染性を増大していることが示唆された。

 次に筆者らは、in vivoで抗AgBR1抗体が蚊媒介のウイルス感染を阻害するか検討するため、ウサギの抗血清を作成した。AgBR1で固定したプレートを用いてELISAにより血清中の抗体の特異性を検討したところ、10^6以上の希釈で結合したIgG量が十分に低下しコントロールの結合量に近づいたことから、この抗血清は特異的にAgBR1と結合することが示された。
この抗AgBR1血清をAG129マウス(インターフェロンα/β およびγ-γ受容体欠損)に投与し、その翌日にジカウイルスに感染した2匹の蚊に吸血させて感染させ、ウイルスに感染させてから10days後の蚊の唾液腺中のウイルスRNA量を検討したところ、コントロールと抗血清を播種したマウスで同じウイルス価であったことから、この系で播種されたウイルス量は同じである。抗AgBR1血清を投与した翌日にウイルスに感染した蚊2匹に吸血させ、30日までウイルス量を2日おきに検討した結果、抗AgBR1血清投与群では全体的にウイルス量の低下と生存率の一部上昇がみられ、感染を部分的に抑制することが示唆された。さらに、筆者らは蚊による吸血を介した感染ではなく静脈注射でジカウイルスを感染させる系を用いて検討を行なった。その結果、抗AgBR1血清はウイルス量も生存率もコントロールと変わらず、感染を抑制しなかった。そこで筆者らは、AgBR1による予防摂取が感染抑制に有効かどうか検討するため、10 ugのAgBr1を2週おきに完全または不完全フロイントアジュバントとともに接種し、高力価の抗AgBR1抗体を持つマウスを生成した。その結果で、day 5でウイルス量がコントロールと比較して低下し、生存率が上昇した事から、受動免疫同様に獲得免疫も蚊媒介性のウイルス感染を抑制できていた。この結論はAG129マウスはタイプIとタイプIIインターフェロンレセプターを欠いているものの、B細胞やT細胞の免疫応答を引き起こすことができることによる。
この効果がAgBR1特異的なものかどうかをD7BcluとSPの抗血清を用いて、蚊による吸血を介して感染するモデルで検討した結果、この2つの血清はウイルス感染を抑制しなかった。

 このAgBR1の蚊媒介性の感染モデル特異的な感染抑制効果のメカニズムを調べるために、抗AgBR1血清とコントロールのマウスの耳を蚊に吸血させ、24時間後の耳の切片をHE染色して観察したところ、好中球が主体となっている多数の炎症性細胞の浸潤が認められた。また、抗AgBR1血清を投与した際のヒストロジースコアもコントロールと比較し低下していた。さらに、イメージングマスサイトメトリー解析したところ、蚊が吸血した部位に主に見られる細胞はLy6G+CD11b+ポジティブ細胞で、これはHE染色で好中球や単球・マクロファージでで構成される炎症性細胞が見られたことと一致していた。また、抗AgBR1抗体を投与したマウスではコントロールと比較してLy6G+の細胞とCD11b+の細胞が減少していた。また、抗AgBR1血清を投与したマウスにおいて、蚊に吸血された部位ではCD45+CD11b+Ly6G+の好中球が減少していた。これらの結果から、抗AgBR1血清が急性炎症、特に好中球の反応を吸血部位で抑えていると筆者らは考えた。
AgBR1の皮膚における直接の効果を調べるために、AgBR1またはコントロールを皮下注後にCD45+CD11b+Ly6G+細胞を皮下注したところ、AgBR1投与群ではトリプルポジティブの細胞の浸潤具合が大きかった。このことは、AgBR1がCD45+CD11b+Ly6G+細胞、つまり好中球をリクルートできることを示していると考えられた。蚊が吸血するプロセスはAgBR1を皮膚内に注入する自然なプロセスだと考えられるので、唾液腺中のAgBR1遺伝子やAgBR1タンパク発現の抑制が好中球細胞の浸潤を抑制できるのかをAgBR1に対するdouble strand RNAを用いて検証した。dsRNA投与後2日後にジカウイルスを感染させさらに10日後にRT-PCRによりdouble strand RNA投与群でのmRNA量変化を検討した結果、量が低下していた。この蚊を用いてマウスにジカウイルスを感染させると、コントロールではAgBR1 KD群と比較して吸血部位での好中球の集積が上昇することから、AgBR1は好中球の集積を担っていると考えられた。

 さらに筆者らは、このAgBR1がどの様にジカウイルスの感染に影響を与えるか詳細なメカニズムを調べるために、マウスのジカウイルスに感染した蚊に吸血された部位の組織のRNA-seqを行った。結果、吸血された部位でのみ発現が変化している全986遺伝子中、536遺伝子に発現の上昇が見られた。この中には多種多様なサイトカインやケモカインが含まれており、好中球誘引性のケモカインCxcl1、炎症誘発性サイトカインIl1bおよび単球化学誘引性ケモカインCcl2およびCcl6が有意に上昇していた。これは、蚊の吸血部位におけるIL-1βを発現する炎症性好中球の皮膚での有害作用について述べられた以前の論文の内容と一致していた。
また、GSEA解析の結果、宿主の免疫細胞によって媒介される炎症反応とサイトカインシグナル伝達が吸血された部位の皮膚に非常に多く含まれており、先の組織学的所見を裏付けていた。次に、ジカウイルスに感染した蚊に吸血されて引き起こされる炎症反応に対するAgBR1抗血清の影響を評価するために、筆者らは吸血部位で発現が上昇した遺伝子に注目し、抗AgBR1血清を接種したマウスで弱毒化されたIl1b、Cxcl1およびCcl2を含む18個の遺伝子を同定した。 Il1bの発現の減少は、定量RT-PCRでも確認された。さらに、AgBR1はin vitroでIl6の発現を誘導するため、抗血清を打った群とコントロールのIl6発現レベルを検討した。コントロールの皮膚での発現レベルが低いため、Il6は当初の遺伝子発現解析対象に含まれていなかったが、それにも関わらず、AgBR1抗血清処理マウスではコントロールマウスと比較して、Il6発現レベルが有意に抑制された。これは、in vitroデータと一致していた。

 節足動物媒介ウイルスへの感染は、末梢の好中球および単球の感染部位への動員を誘導することが知られている。以前の研究では、好中球がin vivoでのフラビウイルスの重要な標的であり、好中球の浸潤がフラビウイルス感染初期および伝播を亢進することが知られている。今回の報告では、吸血された部位での好中球の動員と集積をAgBR1が誘導することを示しており、抗AgBR1抗体の効果によって、初期の免疫応答が抑制されることが示された。これらのデータは、抗AgBR1抗体は、ジカウイルスに感染した蚊の咬傷によって引き起こされる初期の宿主反応を阻害する事でウイルスの拡散を抑制し、致命的なジカウイルス感染から宿主を保護できる可能性を示唆している。
最近の研究で、蚊の吸血を介したジカウイルスへの感染が、静脈注射による感染と比較して、ウイルスの組織向性と増殖速度を亢進することが示されている。さらに、蚊の吸血を介した感染は、組換えAgBR1タンパク質をウイルスと共に皮下注射した場合と比較してAgBR1抗血清による感染抑制効果が低かった。蚊の唾液には多くの成分が含まれているため、これらの結果は、AgBR1が唾液中の他の分子と相互作用してその機能を強化する可能性を示していると考えられる。したがって、AgBR1と他の唾液由来因子との相乗効果の役割や、または蚊の吸血時においてAgBR1が果たす役割をさらに解明することで、AgBR1の宿主動物の生体内における生理的な役割について理解が深まり、ジカウイルスに対する新規ワクチンの開発への道が開かれると考えられる。節足動物ベクターによって産生される抗原を標的とするウイルスやジカウイルスに対するワクチンの開発は急務である。なぜならば、感染症に対する従来のワクチンは、特定の病原体の成分に基づいており、しばしば宿主の免疫応答を回避する変異体の出現につながる。一方、節足動物のタンパク質を標的とするアプローチが媒介となる蚊自体に直接的な影響を及ぼさないことを考えると、耐性蚊の出現は起きにくいと考えられる。さらに、このアプローチは、現在開発中の将来のジカウイルス特異的ワクチンの有効性を高める可能性があり、医学的に重要な他のフラビウイルスおよび節足動物媒介病原体に対するワクチンを開発するための機能的パラダイムを提供したと言える。そして、複数の病原体による感染を促進する機能的な冗長性が蚊の吸血を介したウイルス感染において存在すると考えられることから、このアプローチは、媒介蚊によって伝播される多様なウイルスにおける効果的なワクチンの生成につながる可能性がある。

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