分子細胞生物学

PubMedID 30955890
Title Insulin Receptor Associates with Promoters Genome-wide and Regulates Gene Expression.
Journal Cell 2019 04;177(3):722-736.e22.
Author Hancock ML,Meyer RC,Mistry M,Khetani RS,Wagschal A,Shin T,Ho Sui SJ,Näär AM,Flanagan JG
  • インスリン受容体は、クロマチンに結合して遺伝子発現を制御する
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子シグナル制御分野 大江 星菜
  • 投稿日 2020/03/31

  インスリンは血糖値を低下させるホルモンであり、肝臓では糖新生の抑制、骨格筋細胞や脂肪組織では糖の取り込みを促進する。インスリンを受容したインスリン受容体は、主に、PI3K-AKT経路の活性化を介して細胞内にシグナルを伝達し、代謝に関連する遺伝子の発現を促進する。本論文では、このような細胞内シグナル伝達を介したcanonicalな経路とは別に、インスリン受容体が直接遺伝子のプロモーター上へ結合し標的遺伝子を制御する、non-canonicalな制御機構を報告している。核内に受容体チロシンキナーゼが結合する現象は古くから知られていたが、その生理機能は長年解明されて来なかった。本論文で著者らは、インスリン受容体のα鎖β鎖の両方が肝細胞や脳神経細胞の核内に局在し、転写開始点近傍において、転写伸長反応の開始フォームである、RNA polymerase II (Pol II Ser 5P)と結合することを見出した。特に、インスリン受容体のクロマチン結合領域は、活性化マーカーを有する遺伝子のプロモーター上に集合しており、下流の遺伝子発現を正に制御する可能性を示した。これらの遺伝子群を解析すると、脂質代謝に関連する遺伝子など、インスリン応答反応に結びつく特徴が見られた。さらに、インスリン応答性を有するマウス肝細胞では、インスリン投与後、核内に集合するインスリン受容体は増大する一方で、インスリン抵抗性を示すob/obマウスの肝細胞内では、インスリン刺激前後で核内のインスリン受容体は、ほとんど観察されないことが分かった。また著者らは、細胞膜上のインスリン受容体をビオチンでラベル化した肝細胞にインスリン刺激を与えると、ラベル化されたインスリン受容体が核内で検出されることを示している。本論文では、十分な検証は為されていないものの、インスリン受容体がHSP70やimportinαとの結合を示す事から、著者らは、一端細胞膜に組み込まれたインスリン受容体が、インスリン刺激後これらのタンパク質によって核内へ移行するモデルを提唱している。
  さらに著者らは、インスリン受容体はクロマチンと直接結合するドメインを有さないことから、結合を仲介する因子の存在を考えた。そこで、インスリン受容体のコンセンサス配列を含む二本鎖DNAをベイトにして、これと結合するタンパク質を解析すると、HCF-1という分子が候補に挙がった。このHCF-1とインスリン受容体のクロマチン結合領域は70%程度オーバーラップしており、インスリン受容体とも(関節的、直接的かは不明ではあるが)結合することが、共免疫沈降から示された。また、インスリン受容体とHCF-1が共通して制御する遺伝子の発現は、HCF-1をノックダウンすると抑制されることから、インスリン受容体はHCF-1を介してクロマチンに結合することを示した。また著者らは、インスリン受容体とHCF-1に共通に制御される遺伝子群は、PI3K-AKT経路下流の転写因子FOXO1の制御遺伝子群と殆ど重ならないことなどから、インスリン刺激後の遺伝子発現制御機構にはPI3K-AKT経路とは独立した、核内のインスリン受容体を介する機構があることを示した。
 本論文中で示されているインスリンシグナルのnoncanonicalな制御機構は、新規的で非常に興味を惹かれる発見であると感じる。本論文ではインスリン受容体(α鎖+β鎖)がインスリン刺激後にプロモーター上にリクルートされ、遺伝子発現の制御に関与するという現象に関しては確からしいデータが示されているものの、核内移行のメカニズム、PI3K-AKT経路との関連、インスリン抵抗性との関連(本機構がその「原因」となるのか、もしくは「結果」として生じるものなのか)、脳への影響などは、十分に検証・議論されていない。本論文がきっかけとなり、インスリン受容体をはじめとする核内の受容体チロシンキナーゼの機能やその生理学的意義、そして疾患への関連が、今後さらに明らかになることが期待される。

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