分子細胞生物学

PubMedID 32555459
Title Senolytic CAR T cells reverse senescence-associated pathologies.
Journal Nature 2020 07;583(7814):127-132.
Author Amor C,Feucht J,Leibold J,Ho YJ,Zhu C,Alonso-Curbelo D,Mansilla-Soto J,Boyer JA,Li X,Giavridis T,Kulick A,Houlihan S,Peerschke E,Friedman SL,Ponomarev V,Piersigilli A,Sadelain M,Lowe SW
  • 老化細胞を標的としたCAR-T細胞は、老化関連疾患の病態を改善する
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子シグナル制御分野 川瀧 紗英子
  • 投稿日 2020/09/26

 細胞老化 (senescence)とは、細胞に不可逆的な細胞周期の停止が起こる現象である。近年、細胞老化 (premature senescence)が癌遺伝子・癌抑制遺伝子の制御破綻、電離放射線、紫外線や活性酸素種などの様々な外因的および内因的なストレスによって引き起こされることが明らかになってきた。老化細胞は細胞周期の恒久的停止、細胞の巨大化および扁平化、細胞老化特異的βガラクトシダーゼ (SA-b-gal)の、細胞周期阻害因子であるp21やp16の発現上昇などによって特徴づけられる。
 細胞老化は、短期的には、前癌状態の細胞の異常増殖を止める癌抑制機構として働いている。しかしながら、老化細胞が蓄積すると慢性的な組織損傷が惹起され、肝臓や肺の線維化・アテローム性動脈硬化症等の多くの疾患に寄与する炎症環境が作り出されてしまう。したがって、これらの疾患モデルマウスの組織から老化細胞を排除することにより、症状改善や寿命延長といった効果が期待できる。
 そこで、本論文では、老化細胞に特異的に発現するタンパク質を標的とするキメラ抗原受容体 (CAR) T細胞が、実際に老化細胞除去剤 (Senolytics)として有効であるかどうか検証を行った。まず筆者らは、
(1) Krasに変異(G12V)を持ち、p53を欠損した肺腺癌(KP)モデルマウスに対してMEK阻害剤とCDK4/6阻害剤とを共投与することによって老化様表現型を誘導するTherapy- induced senescence (TIS)モデル

(2) 活性化型N-Ras (G12V)発現プラスミドを、流体尾静脈注射法 (HTVI)によって肝細胞へトランスフェクションすることで、肝細胞に老化を誘導するoncogene-induced senesence (OIS)モデル

(3) 初代細胞を繰り返し継代することによって複製老化を誘導するreplication-induced senescence (RIS) モデル

の3つの老化モデルにおいて、共通して転写量が増える8つの遺伝子を同定した。その中でも、正常組織における発現量が少ない(老化細胞特異的に発現する)遺伝子として細胞表面タンパク質であるウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子受容体(uPAR)を同定した。実際に、SA-b-gal陽性細胞の細胞表面においてuPARタンパクの発現が確認された。さらに、CCl4投与や高脂質の食餌によって肝線維症を誘導したマウスの肝臓(肝星細胞)においても、SA-b-galおよびuPARの共発現が確認された。そこで筆者らは生体組織から老化細胞を除去することによる病態の改善を目的として、uPARを標的としたCAR T細胞を設計し、in vitroおよびin vivoで老化細胞(SA-b-gal陽性細胞)を効率的に除去できるかどうか検証した。具体的には、TISまたはOISモデルマウスにuPAR標的CAR-T細胞を投与し、beetlered luciferaseを発現させたCAR-T細胞を投与し、生物発光アッセイや組織免疫染色に供した。その結果、SA-β-gal陽性細胞においてuPARが発現しており、uPAR発現細胞の周辺にCAR-T細胞が浸潤・集積していることが明らかとなった。また、老化細胞周辺のT細胞はエフェクターT細胞として十分に分化しており、疲弊度が低いことも各種マーカー分子の発現レベルによって確認した。
 次に、このuPAR標的CAR-T細胞が、CCl4誘発性肝線維症や非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steato-hepatitis: NASH)においても同様に老化細胞除去効果を示すかどうか検証を行った。CCl4誘発性肝線維症のマウスおよびNASHマウスに対し、uPAR標的CAR-T細胞を投与し、肝臓を分析した。Sirius red染色およびSA-β-galアッセイによって肝繊維化レベルを評価したところ、uPAR標的CAR-細胞投与群において繊維化が抑制されていた。
また筆者らは、このuPAR標的CAR-T細胞の毒性試験を行っているが、CAR-T細胞投与後の体重減少や血中サイトカインの急激な上昇などは見られず、副作用が小さいために応用が期待できるとしている。
 本論文の結果における懸念点としては、この論文では細胞が老化したかどうか判断する指標としてSA-b-galアッセイしか行っていないことが挙げられる。通常、細胞老化においてはp16やp21の継続的な発現が重要とされているが、そのような老化マーカーに関する言及は特になされていない。免疫染色またはウェスタンブロッティングによって検証すべきだと思われる。また、uPARは多くの正常組織では発現がほとんど見られないが、単球では発現が見られる点も懸念される。筆者らの用いているuPAR標的CAR-T細胞は、非常に効率よくuPAR発現細胞を除去しているため、単純に考えれば単球がこのCAR-T細胞の攻撃を逃れられないのではないかと思われる。しかしながら、筆者らはこのCAR-T細胞を投与した後でもuPAR陽性マクロファージの数の大きな減少は見られないというデータを出しており、uPAR発現老化細胞が優先的に攻撃されるメカニズムが気になるところである。また、確かにuPAR は細胞表面に発現するためCAR-T細胞の標的として適しているが、プロテアーゼに切断された可溶性uPAR (suPAR)も血中に存在する。老化を誘導した条件では血中suPARは増加しており、uPAR標的CAR-T細胞の拮抗剤のように作用してしまう可能性が考えられる。このため、suPARとuPAR標的CAR-T細胞との相互作用に関する知見について、興味を持った。
 本論文の結果は、老化関連疾患の治療において、CAR-T細胞療法が一つの選択肢となりうることを示した。今後、応用に向けた研究が望まれる。

返信(0) | 返信する