分子細胞生物学

PubMedID 28249167
Title Extracellular Acidic pH Activates the Sterol Regulatory Element-Binding Protein 2 to Promote Tumor Progression.
Journal Cell reports 2017 Feb;18(9):2228-2242.
Author Kondo A,Yamamoto S,Nakaki R,Shimamura T,Hamakubo T,Sakai J,Kodama T,Yoshida T,Aburatani H,Osawa T
  • Extracellular Acidic pH Activates the Sterol Regulatory Element-Binding Protein 2 to Promote Tumor Progression.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 疾患プロテオミクスラボラトリー 長島 崇大
  • 投稿日 2017/09/06


癌組織は無秩序に増殖するため癌細胞塊の中心部では血液が届きにくく、低酸素・栄養飢餓・低pH環境が形成されていると考えられている。これらの癌をとりまく微小環境は、腫瘍の悪性化に寄与し(Cairns et al., Nat Rev Cancer, 2011)、腫瘍の進行において重要な役割を果たす。これまでに低酸素が腫瘍に及ぼす影響について広く研究が行われてきたが、細胞外pHが腫瘍の動態に及ぼす影響については余り研究がなされてこなかった。腫瘍組織における細胞外pHは約pH6.8に達する(Gerweck and Seetharaman, Cancer Res, 1996 ; Webb et al., Nat Rev Cancer, 2011)と報告されており、この細胞外の酸性化は解凍系亢進によって産出する乳酸やモノカルボン酸トランスポーター(MCT1・MCT4)を介したプロトンの排出によって生じることが報告されている。著者らは膵臓癌系列の細胞PANC-1およびAsPC-1を低酸素・栄養飢餓・低pHの3つの異なる環境で培養し、それらの細胞における遺伝子発現の差異から低pH特異的に生じる分子動態について解析した。ここから得られた主要な知見は次の3点である。

① 細胞外酸性環境は脂質恒常性を制御する転写因子SREBP2を活性化する
② SREBP2の直接的な標的であるACSS2は酸性pH下で癌細胞の増殖に有利に働く
③ 酸性pH応答性SREBP2標的遺伝子の発現レベルの上昇は癌患者の生存期間と負の相関がある

① RNA-seqの結果、低pH環境が524の遺伝子の発現を変化させる事が分かった(上方制御:183、下方制御:341)。低pH環境下で発現が上昇した遺伝子の上流をパスウェイ解析により予測した結果、SREBP2 (Sterol regulatory element-binding protein 2)、HNF4A(Hepatocyte nuclear factor 4)、XBP1 (X-box binding protein 1)が同定された。このうちSREBP2について、その下流遺伝子であるIDI1 (Isopentenyl-Diphosphate Delta Isomerase 1)、INSIG1 (Insulin inducing gene)、MSMO1 (Methylsterol Monooxygenase 1)の発現を調べたところ実際に低酸素、栄養飢餓状態と比較して有意に上昇していた。加えて、FAIRE-seqによるオープンクロマチン領域のモチーフ解析を行ったところ、低pH環境においてはAP1 (Activator protein 1)、TP53 (Tumor Protein 53)、ZNF143 (Zinc Finger Protein 143)、およびSREBP2が結合する配列モチーフに富み、さらにウェスタンブロットの結果から低pH応答的にSREBP2が核に局在している事が確認された。これらのことからSREBP2が低pH応答性転写因子であり、酸性pHに応答して核への移行と標的遺伝子のプロモーターに結合することが示唆された。

② SREBP2のノックダウンから50種類の低pH応答性SREBP2標的遺伝子を同定し、それらのGO解析を行ったところステロール生合成遺伝子が多く含まれている事を見出した。さらにChIP-seqとRNA-seqのデータを統合した結果、ACSS2 (Acyl-CoA Synthetase Short-Chain 2)を含む12種類の遺伝子がSREBP2の直接的な標的遺伝子として同定された。SREBP2およびACSS2のsiRNAによるノックダウンはin vivoでの腫瘍増殖を有意に抑制し、SREBP2およびその標的遺伝子の腫瘍進行における重要性が示唆された。

③ 癌患者のmRNA発現プロファイルを用いたコホート研究により、同定された低pH応答的なSREBP2標的遺伝子12種の上昇と癌患者の生存率との関連が調査された。膵臓癌・神経膠腫・腎明細胞癌・肉腫・浸潤性乳癌・食道癌・直腸腺癌および甲状腺癌を有する患者において先の12種の遺伝子を発現していないグループが他方のグループと比較して生存期間が長いことが見出された。このことから、癌患者の生存率という観点においてもSREBP2標的遺伝子の重要性が示された。

コメント

本論文において、酸性条件下で脂質代謝を担うSREBP2が活性化され、脂質合成が誘導されることが示された。このことは酸性環境が癌細胞の脂質代謝に大きな影響を及ぼしている事を意味している。脂質がセカンドメッセンジャーとして機能することや膜上での脂質ラフトの役割を鑑みても酸刺激がシグナル伝達系を擾乱する要因の一つとなっている事が指摘できる。また、脂質が増殖・分化・運動といった細胞プロセスに関与する(Claudio R. Santos and Almut Schulze, FEBS J, 2012)ことから、脂質代謝の変化が癌細胞に及ぼす影響は大きく、癌の微小環境と脂質代謝の観点は癌の特性を理解する上で重要な手がかりになると思われる。

返信(0) | 返信する