分子細胞生物学

PubMedID 28192422
Title Identification of quiescent and spatially restricted mammary stem cells that are hormone responsive.
Journal Nature cell biology 2017 Mar;19(3):164-176.
Author Fu NY,Rios AC,Pal B,Law CW,Jamieson P,Liu R,Vaillant F,Jackling F,Liu KH,Smyth GK,Lindeman GJ,Ritchie ME,Visvader JE
  • LGR5とTspan8発現に規定される新しいサブセットの乳腺上皮幹細胞は乳頭付近に休眠状態で存在しホルモン応答性を維持している
  • Posted by 東京大学医科学研究所分子発癌分野 山本瑞生
  • 投稿日 2017/10/11

 乳腺は2種類の上皮細胞からなる2重の管腔構造によって形成される。胎生期に乳腺原器において未熟な乳腺上皮幹細胞が増殖し、生後乳頭から皮下の脂肪組織中に浸潤する形で樹木状の管腔構造を作る。二次性徴期が終わる頃には乳腺が脂肪組織中に広く広がり一旦発達を停止するが、妊娠期のホルモン変化に応じて再び活発に増殖分化を起こし、乳汁産生に備える。管腔の内側を占めるLuminal細胞は妊娠期に黄体ホルモンに応答するためのPgRを発現し、管腔の内側へWAPやBeta-lactoglobulinなどのミルクタンパク質を放出する。一方、管腔の外側を占めるBasal細胞は別名Myoepithelial細胞とも呼ばれ、アクチン繊維の収縮によってLuminal細胞の管腔を外から絞り、ミルクを乳頭側へと運搬する働きを持つ。
これら大きく異なる性質を持つ2種類の上皮細胞は共通の乳腺上皮幹細胞(mammary Stem cell: MaSC)から分化することが示されており、成体の乳腺組織にも低い頻度でこのMaSCが存在して妊娠期の発達を担うことが分かっている。さらに近年の報告から乳癌がこれら未分化性の上皮細胞から発生することが分かっており、その詳細な性質の理解が乳腺発達のみならず、乳癌発症機序の理解にも重要である。近年いくつかの異なる分子によって規定されるMaSCの報告がなされており、MaSCには異なるサブセットが存在すると考えられているがその実情は不明である。
 本論文では腸上皮細胞の未分化性に重要なLGR5を強く発現する乳腺上皮細胞の中でTspan8というインテグリンシグナルに関与する膜分子を発現する画分(LGR5+Tspan8+細胞)にMaSCが強く濃縮されることを示している。この細胞は胎児期乳腺には多く存在するものの、成体では乳頭付近にしか見られないことから初期の乳腺発達を担うが二次性徴期後半の乳腺発達は、より分化した画分もしくは異なるサブセットのMaSCが重要な働きを持つことが示唆された。さらに、この画分はその多くが細胞周期のG0期にある休眠状態であるものの、妊娠期のホルモン刺激に応じて活発に増殖するため、妊娠期の乳腺発達に大きな役割を持つことも分かった。
本論文ではこの細胞集団は筋上皮幹細胞や造血幹細胞と似た発現プロファイルを持ち、古典的Wntシグナルに対する抑制因子を多く発現していることが示された。このことは乳腺上皮細胞の増殖を促進するWntシグナルの受容体を安定化させる働きをもつLGR5が高発現しているにもかかわらずMaSCが休眠状態であることを説明しており、何らかのシグナルによる抑制因子の発現低下によって迅速にWntシグナルに応答するための幹細胞特有の性質と解釈することが出来る。
 今回明らかとなったLGR5+Tspan8+MaSCの乳頭付近における空間的な局在と、二次性徴期や妊娠期といった時間的な乳腺発達への寄与の違いはサブタイプごとに大きく異なる性質を持つ乳癌の発症にも重要であると考えられ、今後の解析が期待される。
 Visvaderらはlineage tracingと呼ばれる細胞運命の評価方法に優れているだけでなく乳腺組織の精細な3D構造の観察技術も確立しており、本論文は発生学における画像解析技術の重要性を理解する上でも参考になると考えられる。

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