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PubMedID 28123075
Title RON kinase: A target for treatment of cancer-induced bone destruction and osteoporosis.
Journal Science translational medicine 2017 Jan;9(374):.
Author Andrade K,Fornetti J,Zhao L,Miller SC,Randall RL,Anderson N,Waltz SE,McHale M,Welm AL
  • RON kinase: A target for treatment of cancer-induced bone destruction and osteoporosis
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子発癌分野 弓桁 洋
  • 投稿日 2017/06/20

 現在、癌の骨転移が世界中で問題となっている。骨転移が生じると局所の骨溶解(osteolysis)が引き起こされ、患者は激しい痛みに襲われQOLが低下する。
 骨転移の際に骨溶解が生じる分子機構については、これまで多くの研究が行われてきた。Davidらは、これらの関係性について詳細なreviewを執筆している(David L et al., Cli. Can. Res, 20, 3071-3077, 2014) 要約すると、①骨で増殖した癌細胞はPTHrP等を分泌し、骨芽細胞のRANKL発現量を上昇させる ②過剰なRANKL刺激により破骨細胞の骨吸収が促進され、骨溶解が起きる ③溶けた骨基質からTGF-βが遊離し、癌細胞の増殖を促進する(①-③は悪循環となり繰り返される)。骨転移のこうした病態を背景に、現在臨床現場では患者のQOLを改善する目的で2種類の破骨細胞抑制薬が使用されているが、効果には個人差がある。その為、全ての骨転移患者に効果的に作用する新規の破骨細胞抑制薬の開発が望まれている。
 今回筆者らは、骨転移の際に破骨細胞が骨溶解を引き起こす新規の機構を解明する為に、in vitroで破骨細胞の骨吸収を正に制御することのみが報告されていたMSP(Ligand)-RON(receptor)シグナルに注目した(Kurihara L et al., Blood, 87, 3704-3710, 1996 )。というのも筆者らはこれまでにMSP-RONシグナルと癌の転移について長らく研究してきており、次のような興味深い結果を得ていたためである。1)乳癌細胞にMSPを過剰発現させると骨転移する 2)乳癌細胞にRONを過剰発現させても骨転移しない(Zinser G M., et al., Cancer Res, 66, 11967-11974, 2006 Welm A L et al., PNAS, 104, 7570-7575, 2007)。これらの結果はMSPが誘導する骨転移がシグナルの入力により癌細胞自身が骨転移できる性質に変化したからではなく、癌細胞のMSPが他の細胞のRONに作用した結果、骨転移が成立していることを示唆していた。そこで本論文は、骨転移の際、癌細胞が発現するMSPが(宿主側の)破骨細胞上に発現するRONに作用し、破骨細胞の骨吸収活性を促進させることで骨溶解を誘導する。といったこれまでにない知見を報告する。
 始めに、筆者らはRONのtyrosine kinase活性の無いmutantマウス(RON TK-/-)を作出し、このマウスではMSP誘導性の(MSPを強制発現させた乳癌細胞による)骨溶解が起きないことを見出した。また、同様の骨溶解はRONインヒビターの投与でもキャンセルできる一方で、破骨細胞の分化に必須であるRANKLのインヒビターではキャンセルされなかった。これらの結果は(癌細胞の)MSPが誘導する骨溶解において、宿主側の(先行研究からおそらく破骨細胞の)RONが重要であり、さらにこのシグナルはRANKシグナルとは独立しているということを示唆していた。次にこのMSP-RONシグナルが骨溶解を誘導する分子機構を解明する為に、RON TK-/-マウス由来の破骨(前駆)細胞及びRONインヒビターを用いて、in vitroで検討した。すると、先行研究で見られた通り、WTの破骨前駆細胞へのMSPの添加は、破骨細胞の分化に一切影響を及ぼさなかった一方で、WTの破骨細胞へのMSPの添加は、コントロールに対し、有意に破骨細胞の骨吸収活性を上昇させた。またRON TK-/-破骨細胞に破骨細胞の骨吸収活性に必須な分子であるSrcの恒常的活性化mutantを強制発現させると、TK-/-破骨細胞の骨吸収活性が回復したことから、MSPが誘導する骨吸収活性において、RONの下流でSrcが活性化することが必須であることを解明した。まとめると、①癌細胞のMSPが宿主側の破骨細胞上のRONに作用する ②細胞内でSrcが活性化することで、破骨細胞の骨吸収活性が高まる ③骨溶解が誘導される。
 本論文では最後に(Fig6)、in vivoの実験でMSP誘導性の骨溶解を抑制するといった有望な効果が認められたRONインヒビターについて、実際に癌患者を使った臨床試験を行い、その骨代謝改善効果を確認している。また臨床検体の解析から、筆者らは転移性の腫瘍細胞では高確率にMSPの発現レベルが上昇しているということも確認しており、今後の癌転移性骨溶解治療に関して、従来の2種類の破骨細胞抑制薬に加えて、RONインヒビターを併用することが治療スペクトルを拡大することに繋がると提案している。

コメント:近年、破骨細胞の分化及び活性化には以前から必須であることが知られるRANKからのシグナルに加えて、ITAM受容体や本論文で紹介しましたRON等様々な受容体からのシグナルが関与することが解明されています。従って、破骨細胞のシグナル伝達を解析する際には、これまで以上にこうした複合的なシグナル伝達機構について考えなければいけないと感じました。また多因子性疾患が蔓延している今日の医療界において、本論文で示されているように、in vitroもしくは動物モデルで得られた実験結果が実際に人間にも外挿できる可能性があるという知見を得ることは非常に重要であると強く認識しました。

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