分子細胞生物学

PubMedID 28329758
Title LACTB is a tumour suppressor that modulates lipid metabolism and cell state.
Journal Nature 2017 03;543(7647):681-686.
Author Keckesova Z,Donaher JL,De Cock J,Freinkman E,Lingrell S,Bachovchin DA,Bierie B,Tischler V,Noske A,Okondo MC,Reinhardt F,Thiru P,Golub TR,Vance JE,Weinberg RA
  • LACTB is a tumour suppressor that modulates lipid metabolism and cell state.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子発癌分野 阿部 智帆
  • 投稿日 2017/11/23

 癌には約200種類の異なったタイプが存在しており、我々の身体の様々な臓器、細胞から生じることが知られている。特に乳癌や肺癌、大腸癌は罹患率が高いが、心臓や骨格筋などから生じる癌は存在していないか、もしくは罹患率が著しく低いことが明らかになっている。これらのことはある種の組織、細胞では腫瘍化に対抗するような能力を持っているのではないかという知見を筆者らに与えるものであった。癌の発生率の低い臓器の細胞には非増殖性、分化が進んでいる、細胞内のエネルギーを解糖系ではなく酸化的リン酸化によって産生するといった癌細胞とは対照的な特徴が見られた。このことから筆者らはこのような特徴を有する因子が腫瘍抑制因子の候補となるのではないかという仮説を立てた。
 ヒト、およびマウスの骨格筋の細胞を用いて未分化に比べて分化が進んだ状態で発現が上昇している遺伝子を探索した結果、5つの遺伝子 (CAP2, LACTB, REEP1, PDLIM3, SMPX)に着目した。これらを複数の乳癌細胞に過剰発現させたところ、LACTBが細胞増殖を抑制するような働きを持つことが明らかになった。このことから筆者らはLACTBに着目した。
 LACTBは非腫瘍性細胞株ではタンパク質レベルで高い発現量を示すが、乳癌細胞株では顕著に発現が抑制されていた。また正常乳腺細胞では100% LACTBが発現していたにも関わらず、乳癌の臨床検体においては乳癌のサブタイプによらず、約40%の検体でLACTBの顕著な発現低下が見られた。また非腫瘍性細胞株、乳癌細胞株でLACTBを過剰発現させたところ、乳癌細胞株では細胞増殖が顕著に抑制され、DNAの合成能の低下が認められたが、非腫瘍性細胞株ではそのような変化は見られなかった。またLACTBを過剰発現させた乳癌細胞株では幹細胞のマーカーであるCD44やZEB1、間葉系細胞のマーカーであるVimentinやFibronectinの低下、上皮細胞マーカーであるCD24やEpCAMの上昇が認められ、LACTBが細胞分化に関与していることも示唆された。さらに筆者らはLACTBを誘導した腫瘍細胞移植マウスを用いてLACTBの腫瘍形成能について検討したところ、LACTBの誘導から4週間ほどでいくつかの腫瘍では腫瘍が完全に消失するような腫瘍サイズの顕著な減少が見られた。
 筆者らはさらにLACTBの作用機構についてミトコンドリアの脂質代謝に着目して調べることにした。乳癌細胞株でLACTBを過剰発現させ、ミトコンドリア内で減少した脂質をLC-MS/MSで同定したところ,
LACTBの誘導によってlysophosphatidylethanolamine (LPEs)とphosphatidylethanolamines (PEs)がLACTBの誘導によって顕著に減少していることが明らかになった。またLACTBを過剰発現させた乳癌細胞株においてLPEを添加するとLACTBによって抑制されていた細胞増殖能が回復すること、さらに上皮細胞マーカーの減少がみられた。つまり乳癌細胞株においてはLACTBによってミトコンドリア内の脂質代謝のメカニズムを変化させることにより細胞増殖や細胞分化を制御していることを筆者らは明らかにした。
 最後に筆者らはLACTBの下流の標的因子の同定を試み、phosphatudylserine (PS)からPEへの転換を担うphosphatidylserine decarboxylase (PISD)がLACTBの誘導によって減少すること、それに伴いPSからPEの産生が減少することを示した。またLACTBは基質ペプチドのアスパラギン酸に続くアミノ酸配列を切断するプロテアーゼ活性を有することが示された。LACTBはプロテアーゼ活性によってPISDの分解を行い、それを介してLPE, PEの減少、つまりミトコンドリア内の脂質代謝のメカニズムを変化させることによって乳癌細胞における細胞増殖、分化を制御することができるということを明らかにした。
 
 本論文は新たな腫瘍抑制因子の同定に成功しただけでなく、脂質代謝と細胞分化のメカニズムとの間の相互性を示した、つまり新たな腫瘍抑制機構を示した点でも大変興味深い論文であると思いました。

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