数理解析

PubMedID 27284200
Title Systems proteomics of liver mitochondria function.
Journal Science (New York, N.Y.) 2016 Jun;352(6291):aad0189.
Author Williams EG,Wu Y,Jha P,Dubuis S,Blattmann P,Argmann CA,Houten SM,Amariuta T,Wolski W,Zamboni N,Aebersold R,Auwerx J
  • 肝臓のミトコンドリア機能のシステムプロテオミクス
  • Posted by 九州大学 生体防御医学研究所 統合オミクス分野 湯通堂 紀子
  • 投稿日 2018/04/09

これまでに、ゲノムワイド関連解析(Genome-Wide Association Study, GWAS)により、特定の表現型に関連する多くの原因遺伝子座が明らかにされてきた。しかし遺伝的変異を同定するだけでは、特定の表現型と遺伝的変異をつなぐ分子メカニズムを明らかにするには不十分である。複雑な遺伝形質多様性の根底にある原因メカニズムを同定するには、転写産物、タンパク質、代謝物などの多階層のオミクスデータを定量的、網羅的に測定し、それらのデータを統合することが必要である。近年、SWATH-MSなどの定量的なプロテオミクス技術により、大規模で再現性の高いタンパク質測定が可能になっている。プロテオミクス、ゲノミクス、トランスクリプトミクスや他の技術と共に、トランスオミクスデータを得ることで、広範な分子相互作用ネットワークの、詳細な解析が可能になりつつある。本研究で筆者らは、ミトコンドリアの代謝に関連する表現型とそれらが生じるメカニズムを解析するために、トランスオミクスの手法を用いた。
初めに、BXDマウスの80コホート由来386個体に、通常食または高脂肪食を給餌し、代謝の特性を明らかにした。BXDマウスはC57BL/6J(B6)マウスとDBA/2J(D2)マウスの交雑から生じたマウスで、ヒトの多くの集団内に見られる一般的な変異に類似した数の変異体を持つ。これまでの詳細な生化学的解析により、BXDマウスで数十の遺伝的変異と表現型の間に関連が確認されている。筆者らは、BXDマウスの表現型として、体重、代謝、ミトコンドリア機能、心血管系の機能等を解析した。その結果、386個体のマウスの表現型が多様であること、各表現型によって遺伝因子(変異)と環境因子(食餌)から受ける影響が異なることを確認した。
次に、このような表現型の多様性について理解するために、BXDマウス386個体の肝臓の多階層データ(トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム)を測定した。その結果、25,136転写産物、2,622タンパク質、981代謝物が定量された。これらの多階層データを用いた解析から、mRNA、代謝物、表現型が食餌の影響を受けることや、コレステロール生合成ネットワークが変動していること、SWATH-MSの技術的なエラーが少なく、再現性が高いことを確認した。また、どちらの食餌の場合にも、mRNA-タンパク質間には強い相関が見られた。特に、mRNAの変動が大きいほど、タンパク質と相関がある確率が高かった。また、Pura遺伝子のように、転写産物とタンパク質の相関が、高脂肪食よりも通常食で強く見られたものもあった。TCAサイクル中で隣接する2つの代謝物に強い相関が見られた。また、主要な代謝経路中のいくつかの代謝物と隣接する酵素間で、階層をまたいだ相関が見られた。それぞれの相関によって、食餌の影響は異なった。
以上のような多階層データの確認後、まず各オミクス層の分子発現レベルを決定する原因遺伝子メカニズムを同定するために、QTL(Quantitative Trait Loci 量的形質遺伝子座)解析を行った。各食餌群の、転写産物-タンパク質ペアの転写産物(cis, trans-eQTL)とタンパク質(cis, trans-pQTL)、代謝物(mQTL)、表現型(cQTL)に対して解析を行い、QTG (Quantitative Trait Gene 量的形質遺伝子)の同定を試みた。その結果、代謝やミトコンドリアに関連がある遺伝子、Bckdhb、D2hgdh、Eci2遺伝子が同定された。更に、D2HGDHタンパク質と代謝物D-2-hydroxyglutarateの関連、Bckdhb遺伝子とBCKDHAタンパク質の関連が明らかになり、これらの変動はBXDマウスのインスリン・グルコースレベルや心拍数などの表現型と相関があることも明らかになった。また、脂質酸化に関与するミトコンドリア酵素であるECI2の、2つのアイソフォームを同定した。
更に、各階層データを用いたネットワーク解析により、既知のコレステロール生合成遺伝子Srebf1, Hmgcs1の変動が確認された。同様の変動を示したEchdc1とMmabを、未知のコレステロール経路候補遺伝子として同定した。更に、siRNAや脂質欠乏血清を用いたin vitro実験により、これら遺伝子のコレステロール代謝への関与が確認された。また、転写産物-タンパク質ペアの見られたリボソームファミリー73遺伝子を、転写産物とタンパク質レベルでそれぞれネットワーク解析した所、どちらも共に強い相関が見られ、73遺伝子産物が共制御されていることが示唆された。
次に、ミトコンドリア関連遺伝子のうち、133遺伝子とそれに対応する70タンパク質が定義されているミトコンドリア酸化的リン酸化(OXPHOS)に注目し、解析を行った。ネットワーク解析の結果、BXDマウスにおいて、OXPHOS遺伝子のうち67ペアの転写産物-タンパク質が変動し、共制御されていることがわかった。それらのcis-eQTL, cis-pQTLで、LRS>12として検出されたもののうち、どちらの食餌でも検出されたものは、6転写物、1タンパク質のみだった。これらは環境ではなく、BXD変異の遺伝的な影響を強く受けていると考えられた。そこで、唯一のタンパク質COX7A2Lとその遺伝子Cox7a2lの変動が、BXDマウスのミトコンドリアの構造と表現型の多様性に関連していると仮説を立て、解析を行った。Blue Native PAGEにより、D2、B6とBXDマウス(通常食群全て)の、ミトコンドリアスーパー複合体の構成(複合体CI〜CV)を確認した所、それぞれ異なる構成を持つことが明らかになった。更に、in gel activity assayにより、BXDマウス8系統のCOX7A2Lの発現とミトコンドリアスーパー複合体の構成を確認した所、系統ごとにCOX7A2Lの発現とミトコンドリアスーパー複合体を構成するCIVの発現が異なり、また組織によっても異なることが明らかになった。以上の結果から、COX7A2Lはミトコンドリアスーパー複合体を構成するCIVの形成に関与しており、B6マウスとD2マウスでCOX7A2Lの発現が異なることから、それらの交雑種であるBXDマウスのミトコンドリアに多様性が生じていることが示唆された。
本研究では、複数のオミクス階層の分子データを組み合わせるトランスオミクス解析によって、個々の分子データでは特定出来なかった遺伝子型・表現型間の多様な因果関係を明らかにした。この結果から、次世代プロテオミクスとメタボロミクスから得られるデータとトランスクリプトミクス、ゲノミクス、フェノミクスデータを合わせてトランスオミクス解析を行うことで、複雑な形質を解析できる可能性が示された。



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