数理解析

PubMedID 29361466
Title Integrative Personal Omics Profiles during Periods of Weight Gain and Loss.
Journal Cell systems 2018 Feb;6(2):157-170.e8.
Author Piening BD,Zhou W,Contrepois K,Röst H,Gu Urban GJ,Mishra T,Hanson BM,Bautista EJ,Leopold S,Yeh CY,Spakowicz D,Banerjee I,Chen C,Kukurba K,Perelman D,Craig C,Colbert E,Salins D,Rego S,Lee S,Zhang C,Wheeler J,Sailani MR,Liang L,Abbott C,Gerstein M,Mardinoglu A,Smith U,Rubin DL,Pitteri S,Sodergren E,McLaughlin TL,Weinstock GM,Snyder MP
  • 体重増減時の個人マルチオミクス解析
  • Posted by 九州大学 生体防御医学研究所 統合オミクス分野 伊藤 有紀
  • 投稿日 2018/05/10

[まとめ]
肥満個体が心疾患や糖尿病(T2DM)を発症する際の原因の1つにインスリン抵抗性がある。しかし肥満個体間には代謝表現型の大きなばらつきがあり、現在のインスリン抵抗性のmarkerは予測能力が低い。omics測定技術の進歩はこの課題の解決に有用である。著者らは同一個体について体重増減時の血液・便のmulti-omicsデータを測定した。その結果、(1)体重増加と血液中の炎症性・拡張型心筋症関連因子の活性化に関連があること; (2)体重減少は体重増加時の変化を逆転させること; (3)いくつかの生体分子はインスリン抵抗性の新たな診断の指標となり得ること; (4)いくつかの生体分子は、高度にindividualizeされている一方でperturbationに対して安定であり、personalized markerになり得ること; が示された。

[所感]
前半は各omicsデータに対して考え得る基本的な解析を網羅しており、データを様々な角度から余すことなく解釈している。ただし、詳細に解釈を行うと主張が分散してしまうのはmulti-omics論文の難しい点であると感じる。後半で行っている全てのomicsデータの分散分析は各omicsの特性を明解に示しており、multi-omicsデータを1つの指標で比較するこのような解析がstandardになると良いと思う。

[論文内容]
目的:
1) ヒトにおいて、体重増減時に変動する血液・便中の生体分子の包括的mapを作成する。
2) インスリン抵抗性とそうでない人との間で、体重変動時の生体分子変動に差があるか調べる。

対象:
ヒト(23人)。インスリン感受性個体(IS)10人, インスリン抵抗性個体(IR)13人に分類 (by "modified insulin suppression test" )。

実験:
・T1 ... 30日の体重増加期間 (高カロリー食による) , 第1日目をT1
・T2 ... ピーク体重を7日間維持(通常カロリー食による) (平均2.8kg増加した。),最終日をT2
・T3 ... 60日の体重減少期間(栄養管理下のカロリー制限による), 最終日を T3
・T4 ... T3から3ヶ月後をT4

測定データ:
・PBMC(末梢血単核細胞)... exsome, transcriptome, proteome (untargeted)
・plasma... metabolome (untargeted), proteome (targeted)
・serum... proteome (targeted (cytokines))
・stool... microbiome (16S and whole-metagenome sequencing)

結果:
1. baseline(T1)における各omicsでのISとIRの比較
baselineにおいては、ISとIR間にわずかな差が見られた(差が少ないのはn数が少ないことも一因と述べられている)。
まず、PBMCのexomeは遺伝的代謝疾患の調査とRNA-seq mapping率の向上のために測定した。糖尿病やインスリン抵抗性のhigh-risk variantsは見つからなかった。
PBMCのtranscriptome, proteome比較からは、IRで炎症反応に関わるmRNA・タンパク質が増加していることがわかった。
stool microbiome比較からは、ISにおいてOxalobacter formigenesが有意に多いことがわかった。この腸内細菌量は糖尿病・インスリン抵抗性との関連が報告されている。
(basaline比較においてplasma, serumデータに関する言及はない)

2. all time point(T1-T4)における各omicsでのISとIRの比較
plasma, serum, PBMCのproteomeにおけるIS・IR比較からは、糖尿病・心機能・脂質代謝異常・炎症反応に関連するタンパク質に差があることが見出された。
plasma metabolome比較においては、アミノ酸や脂質代謝に関連する代謝物に差があることがわかった。またいつくかの代謝物によるSSPG(steady-state plasma gulose) trendの推定法を確立し、インスリン抵抗性のtrendを予測できる可能性を示した。
stool microbiome比較においては、Alistipes genusがISにおいて有意に多いことがわかった。この腸内細菌はグルコース制御・糖尿病・肥満との関連が報告されている。
(all time point比較においてPBMC transcriptomeデータに関する言及はない)

3.各omicsの体重増加時(T1 vs T2)、体重減少時(T2 vs T3)の比較。
PBMC transcriptomeからは、体重増加時には炎症反応や拡張型心筋症関連遺伝子が増加し、体重減少時にはbaselineに戻ることがわかった。
plasma metabolomeにおいても、体重増加時に変化した65代謝物(主に脂質)のほとんどが体重減少時にはbaselineに戻った。
plasma metabolome, proteomeにおいては、133代謝物と27タンパク質についてBMIと変動が相関することがわかった。
stool microbiomeからはAkkermansia muciniphilaが体重増加時に増加していることがわかった。この応答はISのみで見られた。 この腸内細菌は体重増加時のインスリン抵抗性発症を防ぐ報告がある。
(PBMC proteome, serum proteomeデータに関する言及はない)

3.血中分子の体重変動時の応答の解析(T1~T4, or T1~T3)。
PBMC transcriptome, PBMC proteome, plasma proteome, plasma metabolome, serum proteomeデータに対し、T1~T4の4点を用いてfuzzy c-means clusteringを行い、結果、体重変動と連動するclusterを見出した。
またT1~ T4のPBMC transcriptoomeを用いてWGCNA(weightened-gene-co-expression analysis)を行い、得られた各gene clusterに対しcluster eigengeneと相関のある血中clinical markerを調べた。するとミトコンドリア関連機能がenrichされるgene clusterと糖尿病・心疾患関連markerに有意な相関が認められた。
さらにT1~ T3のstool microbiomeにおいて、データをIS・IRの2群にわけ、それぞれの郡内で腸内細菌間の相関を調べると、相関のある腸内細菌のpairがIS・IR間で大きく異なることがわかった。腸内細菌と宿主代謝物の間の相関も調べると、26の腸内細菌-代謝物pairの相関がIR, IS間で異なることがわかった。

4. 各omicsデータの分散分析
個体差、体重変動、 実験誤差などに起因するそれぞれの分散が各omicsデータ全体の分散へどの程度寄与しているか調べた。T1-T4のデータを用いた。cytokineの多くは全分散の90%以上が個体差による分散で説明された。一方でproteome, metabolomeは実験誤差などによる分散の寄与率が比較的高かった。cytokineの個体間のばらつきが大きいという結果は疾患の診断などに大きな影響を与える。

5. 同一個体からのデータ取得による検出力の向上の検討
体重変動に応答する分子の同定に同一個体のデータがどの程度のメリットを持つか、検出力を用いて調べた。
metabolomeデータのT1・T2もしくはT2・T3比較において有意差のあった127の検定結果について、n=23で対応のあるt検定(=同一個体)を行った際と同様の検出力を、対応のないt検定(=同一個体でない)で得るためには、平均79人の個体集団が必要であることがわかった。

返信(0) | 返信する