分子細胞生物学

PubMedID 28898697
Title Chronic Cigarette Smoke-Induced Epigenomic Changes Precede Sensitization of Bronchial Epithelial Cells to Single-Step Transformation by KRAS Mutations.
Journal Cancer cell 2017 Sep;32(3):360-376.e6.
Author Vaz M,Hwang SY,Kagiampakis I,Phallen J,Patil A,O'Hagan HM,Murphy L,Zahnow CA,Gabrielson E,Velculescu VE,Easwaran HP,Baylin SB
  • タバコ主流煙への長期的曝露はKRas変異陽性の肺癌が増殖するようゲノムのエピジェネティックな変化を誘導する
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子シグナル制御分野 久保田 裕二
  • 投稿日 2018/07/18

肺癌は大細胞癌、腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌の4種に分類され、特に後者2つの癌は喫煙により強く誘導される。ペンツピレンを始めとするタバコ主流煙中の発癌物質は、これら肺細胞のDNAにエピジェネティックな変化を誘導することで発癌を促進するが、喫煙時において細胞内のどのような因子が遺伝子発現の質的変化を実行するのか、未だ不明な点が多い。著者らは不死化したヒト肺気管支上皮細胞をモデル細胞とし、タバコ主流煙の抽出物(Cigarette smoke condensate : CSC)を短〜長期間(10日〜15ヶ月)投与した細胞株を樹立し、そのクロマチン結合因子、DNAメチル化、および遺伝子発現の包括的な解析を行った。その結果、CSCに曝露された細胞はまずEZH2(ヒストンH3K27me3修飾を担うポリコーム群タンパク質)がクロマチンに結合がし、特定遺伝子群のプロモーター領域のヒストンがメチル化されることが分かった。さらに、CSC曝露後10〜15ヶ月後には上記遺伝子群のプロモーターにDMNT1(DNAメチル化酵素)が結合し、同領域内CpGアイランドのメチル化が亢進して、最終的に遺伝子発現が抑制されることが判明した。また、CSCの長期曝露細胞はEMT様の形態および足場非依存性増殖能を獲得しており、かつRas/MAPK経路やWNT経路など複数の発癌関連経路が活性化していることが分かった。興味深いことに、これらの細胞には肺癌にて高率に検出される癌遺伝子/癌抑制遺伝子(KRas, TP53, EGFRなど)の変異が認められず、またマウス体内での腫瘍形成能も有していなかったが、活性型KRas(V12変異)を導入することによって腺扁平上皮癌様の肺癌を形成することが分かった。さらに、上述のCSC誘導性のメチル化標的遺伝子群のプロモーター領域について、TCGAデータベースより入手した肺癌患者のデータを調査したところ、喫煙経験のあるKRasV12陽性の肺癌患者でこれらの遺伝子のメチル化が増進していた。以上の結果から、タバコ煙への慢性的な曝露は、特定遺伝子群のヒストンメチル化を介してその発現をエピジェネティックに抑制し、発癌を補助するシグナル経路を活性化することで、後に生じるKRasV12点変異駆動性の癌化を効率よく増進することが分かった。
 本研究において、喫煙者の肺癌でKRas変異が多数認められるのは、KRas遺伝子の損傷が喫煙によって直接促進されるのでははなく、喫煙により作り出された細胞内環境がKRas変異の異常増殖能を増進するためという興味深いモデルが提唱された。今回著者らが同定したCSC感受性のメチル化標的遺伝子シグニチャーは、喫煙による肺癌の発生進度や悪性度のモニタリングに応用できる可能性がある。また、肺癌治療薬の標的分子を絞る上で、これらの遺伝子を同定できたことは非常に意義があると考えられた。一方で、今回のCSC感受性シグニチャー遺伝子のうち実際にKRas変異陽性細胞の発癌促進に必須となる分子は未同定であり、今後はこれらの遺伝子を単離することで肺癌形成における詳細なメカニズムが明らかとなり、また肺癌の予防や治療への応用も大いに期待される。

返信(0) | 返信する