数理解析

PubMedID 29241556
Title Hepatic Dysfunction Caused by Consumption of a High-Fat Diet.
Journal Cell reports 2017 Dec;21(11):3317-3328.
Author Soltis AR,Kennedy NJ,Xin X,Zhou F,Ficarro SB,Yap YS,Matthews BJ,Lauffenburger DA,White FM,Marto JA,Davis RJ,Fraenkel E
  • 高脂肪食消費により引き起こされる肝臓の機能障害
  • Posted by 九州大学 生体防御医学研究所 統合オミクス分野 湯通堂 紀子
  • 投稿日 2018/08/11

肥満は、インスリン抵抗性、高血糖、高血圧などに特徴づけられるメタボリックシンドロームや、β細胞機能不全、2型糖尿病を促進する。肝臓は、インスリン感受性の器官であり、正常なグルコース恒常性を維持するために重要である。インスリンは末梢組織においてグルコースの取り込みを促進し、肝臓の糖新生を減少させる。高脂肪食(high-fat diet, HFD)の摂取は、インスリン抵抗性を引き起こし、インスリンを介した肝臓の糖新生の抑制が阻害され、高血糖が促進される。肝臓は血糖制御において重要な役割を担っており、肝臓のインスリン抵抗性の分子メカニズムを理解することは、2型糖尿病の治療デザインの基盤となる。しかし、インスリン抵抗性と2型糖尿病を促進・維持する細胞内メカニズムは非常に複雑でまだ完全に理解されていない。このように複雑な代謝疾患の研究にシステムズバイオロジーが重要であると認識されつつある。
本実験で筆者らは、肥満により誘発されるマウス肝臓のインスリン抵抗性の分子メカニズムを解明するために、システムズバイオロジー研究を行った。初めに、C57BL/6Jマウスに16週間HFDを給餌して、肥満とインスリン抵抗性を誘発させたマウスの肝臓と、通常食(control diet, CD)給餌のコントロールマウスの肝臓を用いて、エピゲノミクス(ChIP-seq)、トランスクリプトミクス(mRNA-seq)、グローバルプロテオミクス(LC-MS/MS)、メタボロミクス(LC-MS/MS (+/-ESI), GC-MS)データを取得した。その結果、HFD摂取により、2,507遺伝子、362グローバルタンパク質、96代謝物が変化することが明らかになった。ヒストン修飾では、CD・HFD間の違いは<1%のみであった。これらのデータの比較により、各オミクスデータセットは、疾患の過程のそれぞれ異なる局面を強調することが示唆された。
次に筆者らは、CD・HFD間の転写制御の違いを明らかにするために、取得したエピゲノム・トランスクリプトームデータを用いて解析を行った。転写制御ネットワークを再構築するために、得られたChIP-seqデータセットと、TRANSFACから入手したDNA結合モチーフデータを用いて転写制御因子のゲノム結合領域を推測した。濃縮されたヒストン修飾のピーク間の”ヒストンの谷”を検索し、見つかった谷を123,974遺伝子座にmergeさせた。その結果、少なくとも1つのヒトもしくはマウスの転写制御因子にマップされる1,588のDNA結合モチーフが見つかった。遺伝子のアノテートされた転写開始部位近くの領域で、個々のモチーフのエンリッチメントスコアの距離加重合計を算出し、各モチーフのTFR (a transcription factor affinity) スコアとした。各モチーフのTFAスコアをすべての発現遺伝子の発現レベルに対して直線回帰し、有意な回帰係数のものをアクティブな制御因子とした。その結果、272の転写制御タンパク質にマップされる358のDNA結合モチーフが同定された。
筆者らは更に網羅的なデータを得るために、既に確立されたネットワークモデリングアルゴリズムであるPCSF (prize-collecting Steiner forest)を拡張させた。iRefIndex(v.13)データベースから取得したタンパク質−タンパク質相互作用と、the Human Metabolome Database (HMDB; v.3.6)及びthe human metabolic reconstruction Recon2(v.3)から取得したタンパク質−代謝物相互作用を組み合わせたインタラクトームを構築した。このインタラクトームと、取得したオミクスデータから、PCSFアルゴリズムにより、オミクスデータを結合する相互作用を同定した。インタラクトームデータ由来のノードを”Steiner”ノード、オミクスデータ由来のノードを”Terminal”ノードとした。Terminalには、取得したオミクスデータから、83代謝物、329タンパク質、272転写制御因子を用いた。
全PCSFモデル解には、2,365相互作用により連結された398 Terminalノードと509 Steinerノードが含まれた。これらを20のサブネットワークに分けたところ、アミノ酸・ピルビン酸代謝、細胞−細胞間相互作用、脂肪酸酸化、アポトーシス、転写、ECM、胆汁酸代謝などにenrichされた。これらのサブネットワークのうち、細胞-細胞相互作用、ECM、アポトーシスなどの、予想していなかったプロセスが、肝臓のインスリン抵抗性に関連していることが示唆されたため、更に解析を行った。
PCSFモデルによって同定された上記3つの生物学的プロセスにおける変化を、肝臓組織の画像解析によって確認した。Zo1、CK8/18染色画像から、HFD摂取によって、胆管近くのタイトジャンクション構造や肝臓の構造が変化していることが明らかになった。またコラーゲンと胆汁/胆汁色素染色によって、HFDマウスの肝臓では胆汁酸が漏出していることが分かった。また、TUNEL染色によって、HFDマウス肝臓では肝細胞のアポトーシスが増加していることが明らかになった。以上のように、肝臓切片の画像解析により、PCSFモデルによる推定を証明することができた。
筆者らは、HFDにより誘発される肝臓のインスリン抵抗性について調べるために、ラージスケールのシステムズバイオロジーのアプローチを用いた。複数のオミクスデータをネットワークモデルに統合することで、HFDにより変化した生物学的プロセスを明らかにすることができた。タンパク質−タンパク質間相互作用ネットワークに代謝物を取り込むことで、広範囲の分子の変化を同定することができた。また、ネットワークモデルによる推定を、実験により証明することができた。この方法は、多様な生物学的システムや疾患の、ラージスケールでのオミクス解析に容易に適用することができる。

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