分子細胞生物学 | 数理解析

PubMedID 29161593
Title Mitotic Cortical Waves Predict Future Division Sites by Encoding Positional and Size Information.
Journal Developmental cell 2017 11;43(4):493-506.e3.
Author Xiao S,Tong C,Yang Y,Wu M
  • Mitotic cortical waves predict future division sites by encoding positional and size information
  • Posted by 東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 相関基礎科学系 本田玄 澤井哲
  • 投稿日 2018/09/28

空間を伝播する周期的な波のパターンは、振動性または興奮性を持った化学反応系や多細胞系において生じることがある。それは例えば、細胞性粘菌の集合現象におけるcAMP濃度のらせん状進行波や、in vitroの心筋細胞の単層系において観察されている。1細胞レベルでも、アクチンの一過的な重合反応がコーテックス上を空間的に伝播する現象(アクチン波)が、免疫細胞やカエルの胚といったいくつかの真核細胞において近年報告されている(Inagaki N & Katsuno H, 2017, Trends in Cell Biology)。細胞内の生化学反応において生じるこのような波のパターンには波長、位相、特異点といった構造を介して空間に関する情報が埋め込まれている可能性が考えられるが、現在までにそれを明確に示すような例は知られていない。
 筆者らは白血病ラットの好塩基性肥満細胞(RBL-2H3)において、抗原刺激後の細胞の底面でアクチン波が生じることを発見し(Wu M et al., 2013, PNAS)、これまでにF-BARタンパク質であるFBP17やCdc42、N-WASP、エンドサイトーシス関連タンパク質および膜の陥入変形がこれと同期した興奮的な伝播を示すことを明らかにしてきた。本論文では細胞周期との関係に着目し、細胞分裂期において、これらの進行波が細胞底面の中央付近に特異点を有するターゲット波またはらせん波として振る舞うようになること、およびその波の特異点がその後の細胞分裂面と重なることを見出した。細胞分裂期(以下、M期)において波を示した細胞は全体の27%であったが、Cdc42波の振幅の計測結果はG2期とM期で差がなかったことから、細胞ごとの興奮性の強度の違いがその不均一さの原因になっているのではないと考えられた。そこで筆者らは細胞の接着面積に注目し、M期に波を生じる細胞では、G2期からM期にかけて接着面積の変化が少ないことを見出した。また、細胞の基質接着の制御に関わるRap1の常活性型発現株、常不活性型発現株、細胞外Mn2+濃度を高めてインテグリンを活性化した場合、それぞれM期に波を生じた細胞の割合は43%、23%、33%となり、基質接着の強さと波の生成率がよく相関することが分かった。これらの結果から、M期に波が生じるかどうかは細胞ごとの基質接着強度に依存していることが示唆された。次に、ターゲット波の解析を進めた。Cdc42のターゲット波は細胞底面の中央付近にある発火地点から外へ向かって伝播し、前の波が細胞の端に到達してから次の波が生じるという特徴があった。伝播速度はG2期と同程度であった。したがってこのターゲット波の周期と波長は、細胞の接着面積と正に相関することが分かった。細胞質分裂阻害剤Cytochalasin D、DNA複製阻害剤Aphidicolinを投与することでそれぞれ二核、単核の巨大な細胞を作出して観察した場合にもこの相関は保たれていた。周期、波長における細胞サイズ依存性はM期の波に特徴的であり、G2期の波にはそのようなサイズ依存性は見られなかった。筆者らは、微小管重合阻害剤Nocodazole処理下でF-actinを観察した場合に、波の特徴的な振動数が2つあることを見出した。振動周期100秒前後の遅い波はRhoAおよび収縮環に局在することで知られるAnillinと同期しており、周期30秒前後の速い波はCdc42、FBP17と同期する一方でAnillinを空間的に排除していた。前者はXenopusの胚で報告されているF-actin-RhoA波の振動周期と同程度である(Bement WM et al., 2015, Nat.Cell.Biol.)。Nocodazole処理下でさらにCdk1阻害剤RO3306を投与して分裂後期へ移行させると、細胞底面全体でAnillin濃度が上昇した後、いくつかのバンド構造として集積するとともに、複数の分裂溝が形成された。これはFBP17波を生じていない細胞でしばしば起こったことであるが、FBP17波を生じている細胞の場合は直径が40 µmを超えるものでしか起こらなかった。このような巨大な細胞の場合、複数のターゲット波が生じており、それらの発火中心を結ぶ中間地点において分裂溝の形成が起こった。発火地点間の距離は17〜22 µmとなっており、ターゲット波の波長13 µmよりも離れていた。以上のことから、FBP17のターゲット波が生じている場合、その中心から波長程度の距離内ではAnillinが空間的に排除され、波の中間地点にAnillinが集積することで、そこに分裂面が形成されたと考えられる。
 近年、Xenopusの胚の系などを中心に細胞のコーテックスがもつ興奮性が細胞分裂において能動的に関与すると提唱されている。筆者らの言うとおり、本論文で提示されている実験結果には非自明な点が残っているが、基質接着依存的な細胞質分裂や、波のパターンがもつ生物学的な機能といった事に関して、多くの興味深いデータが示されている。

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