分子細胞生物学

PubMedID 29414762
Title Peptide Level Turnover Measurements Enable the Study of Proteoform Dynamics.
Journal Molecular & cellular proteomics : MCP 2018 05;17(5):974-992.
Author Zecha J,Meng C,Zolg DP,Samaras P,Wilhelm M,Kuster B
  • Peptide Level Turnover Measurements Enable the Study of Proteoform Dynamics.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 疾患プロテオミクスラボラトリー 長島崇大
  • 投稿日 2019/03/11

細胞内におけるタンパク質の合成と分解の調節は、細胞を維持する上で基本的な制御機構である。タンパク質存在量を調節するこれらの作用をより深く理解するために、タンパク質のターンオーバーについての研究が行われるようになり、近年の質量分析技術の進展によりターンオーバーをプロテオームワイドに決定できるようになってきた。しかしながら、従来用いられてきたSILAC(Stable Isotope Labeling by Amino acids in Cell culture)法に基づくターンオーバーの測定(dynamic SILAC)は、各タイムポイントでのデータ欠損が生じやすく、ターンオーバーの分析精度に限界があった。この課題を解決する為に、筆者らはdynamic SILAC法と、TMT(Tandem Mass Tag)を組み合わせた手法によりHeLa細胞タンパク質の包括的なターンオーバー測定を行った。これにより、10タイムポイントにまたがる個々のタンパク質についての安定同位体含有量の定量を正確に行うことが可能となり、欠損値を伴わない時系列データを広範に取得することが出来た。また、これらの結果は従来手法から得られるターンオーバーの値と良く一致し、かつ従来手法に比べてより包括的にターンオーバーを測定することができた。推定されたタンパク質のターンオーバー速度は3桁のオーダーにわたり分布していた。計算されたタンパク質の半減期は、レンジとして数分(serine/threonine-protein kinase, SIK1)から数千時間(fatty acid desaturase 2, FADS2)の範囲にあった。

筆者らは、はじめにタンパク質半減期と、その存在量や大きさ、構造、局在、機能との相関を解析した。タンパク質半減期とその存在量は、弱い正の相関を示し、一方でタンパク質の大きさについては半減期に影響を与えないことが示唆された。一次構造や二次構造については、タンパク質中に疎水性度の高いアミノ酸を含んでいる程、また、αヘリックスやβシートなどの二次構造が多く存在する程、半減期が長く、安定していることが示唆された。タンパク質の局在と安定性について、エンドソーム・リソソーム・ペルオキシソームに局在するタンパク質は、プロテオーム全体と比べて半減期が長く、安定していることが示唆された。一方で、紡錐体や中心体など、細胞分裂に関与する細胞小器官に局在するタンパク質については半減期が短い傾向がみられた。また、タンパク質ドメインやファミリーと、半減期との関係性について解析したところ、ジンクフィンガーやフォークヘッド、ヘリックス-ループ-ヘリックス等のドメインを持つタンパク質が比較的短い半減期を有していた。反対に、オキシドレダクダーゼやリガーゼは半減期が長かった。

構造や機能以外でタンパク質半減期に影響を与える要因として、分子間相互作用があげられる。筆者らはCORUMデータベースを用いて、タンパク質が複合体の一部か否かをグループ分けし、それらのグループ間で半減期を比較した。その結果、複合体の一部であるタンパク質の方が長い半減期を示し、とりわけ、プロテアソームやリボソームは顕著に安定したタンパク質から構成されていた。興味深いことに、呼吸鎖複合体I(NADH dehydrogenase)は、他の複合体に比べて有意に短い半減期を示した。筆者らは、ロテノンによる電子伝達系の阻害により酸化ストレスを増加させる実験を行った。その結果として、呼吸鎖複合体Iを構成するタンパク質のターンオーバーが早くなることが示された。このことから呼吸鎖複合体Iにおいては、高い酸化ストレスを補償し、タンパク質機能を維持するためにターンオーバーによる調節が行われることが示唆された。

筆者らは次に、ペプチドレベルでの半減期の比較を行い、アイソフォーム間での半減期の差異を解析した。この結果、ターンオーバーが有意に異なるスプライスバリアントが同定された。加えて、N末端の修飾の差異によって半減期が異なるタンパク質も同定され、開始メチオニンを含むか否かによってペプチドのターンオーバーが変化する場合があることが示された。また、CTSD(Cathepsin D)や融合遺伝子FAU(Ubiquitin Like And Ribosomal Protein S30 Fusion)のように、タンパク質が成熟する過程で切断を受けるような場合、切断により生じる分解産物が異なるターンオーバーをもっている事例も見出された。更に、EEF2(elongation factor 2)やHSPA8(heat shock cognate 71 kDA protein)、BLM(bloom syndrome protein)に関して、異なるターンオーバーを示すペプチドは、修飾部位として報告されているアミノ酸残基を含んでおり、筆者らは翻訳後修飾とペプチドの半減期との関連性を指摘している。

筆者らのdynamic SILAC-TMT実験の実証研究は、定常状態の細胞系において包括的なターンオーバー測定を実現する新規の手法である。このようなターンオーバーに関わる包括的な解析は、生命の機能制御を理解する上で新たな観点と成り得る。

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