分子細胞生物学

PubMedID 27984728
Title Mutant KRAS Enhances Tumor Cell Fitness by Upregulating Stress Granules.
Journal Cell 2016 Dec;167(7):1803-1813.e12.
Author Grabocka E,Bar-Sagi D
  • Mutant KRAS Enhances Tumor Cell Fitness by Upregulating Stress Granules.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子シグナル制御分野 藤川 大地
  • 投稿日 2017/07/18

 KRAS変異の獲得は、膵臓・肺・大腸など複数の組織において、悪性形質転換のDriver mutationとなっている。このKRAS変異腫瘍は強い薬剤抵抗性を示すことが知られているが、そのメカニズムは未だ明らかになっていない。このメカニズムを明らかにすることで、新たな治療ターゲットを見出せる可能性を秘めている。
 ストレス顆粒(SGs)は、膜構造を持たない細胞質内構造体であり、mRNAやタンパク質によって構成される。SGsは細胞が特定のストレス刺激(oxidative, nutritional, genotoxic, proteotoxic, osmotic stress, UV irradiation and chemotherapeutic agents)に曝されたときに形成され、タンパク質の翻訳を停止し、異常タンパク質の蓄積を防ぐことで細胞のストレス防御機構として機能する。また、このSGsの凝集は、ストレス刺激によって誘導される下流のシグナル伝達分子の格納・翻訳阻害をすることで、シグナル伝達系の活性化を制御していると考えられている。実際に、TORC1やdual specificity tyrosine phosphorylation-regulated kinase (DYRK) 3 がSGsにリクルートされることで、ストレスに曝された細胞におけるTORC1不活性化や再活性化 のタイミングを制御していることが報告されている(Wippich et al., 2013)。それに加え、RACK1のSGsへのリクルートは、ストレス刺激により誘導されるp38/JNKシグナルの活性化を阻害し、最終的にp38/JNKを介したアポトーシスを阻害することが明らかになっている(Arimoto et al., 2008)。このように細胞のストレス応答におけるSGsの機能はよく報告されているが、がん細胞の適応応答におけるSGsの寄与はほとんど明らかになっていない。
 今回筆者らは、様々なストレス刺激の応答において、ヒトpancreaticおよびcolorectal adenocarcinomaの複数の細胞株(KRAS G12V変異)でSGs形成の亢進が観察されることを見出した。解析の結果、KRAS変異細胞DLD1において、プロスタグランジン代謝産物である15-d-PGJ2の合成酵素であるCOX-2の発現が亢進していること、また培地上清において、プロスタグランジン代謝産物である15-d-PGJ2が豊富に存在することがわかった。15-d-PGJ2は、SGs形成を誘導することが知られている(Kim, W. et al., The EMBO Journal 2007)。この培地上清を変異型KRAS をKOしたDLD1細胞(SGs低形成)に添加することでSGsの形成が亢進することを確認した。また、この培地上清から15-d-PGJ2を除去すると、そのSGs形成亢進がキャンセルされたことから、そのSGs形成の亢進は、KRAS変異依存的なプロスタグランジン代謝の制御によるものであることが明らかになった。筆者らは今回提唱した細胞防御モデルが、生体での変異KRAS腫瘍において観察されるhetreogeneityを模倣した状態でも起こるのか検証した。DLD1 Mut (GFP-H2B安定発現)とKRAS WTのNCL-H508 (mCherry-H2B)と共培養した。その結果、共培養しない条件では、NCL-H508のOxaliplatinに対する生存率は低かった。しかし、DLD1 Mut共培養することでNCL-H508のSGs形成が亢進し、生存率が向上した。このことから、15-d-PGJ2による細胞自律的/非自律的なSGs形成は、Apoptosis抑制に寄与することが示され、細胞の防御応答に重要であることが明らかとなった。
 これまでのSGsの論文は、SGs形成におけるタンパク質の物性に着目したものや、In vitro系における解析ばかりで、疾患との関係性について迫った論文は少なかった。本論文は初めてヒト膵臓腺癌サンプルを用いてSGsの観察を行っており、またheterogeneityのある腫瘍組織におけるストレス適応機構として、プロスタグランジン代謝産物15-d-PGJ2による細胞自律的/非自律的なSGs形成の亢進を示唆するデータを示したという点で、重要な知見であると言える。

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