数理解析

PubMedID 29248373
Title Resolving the Combinatorial Complexity of Smad Protein Complex Formation and Its Link to Gene Expression.
Journal Cell systems 2018 Jan;6(1):75-89.e11.
Author Lucarelli P,Schilling M,Kreutz C,Vlasov A,Boehm ME,Iwamoto N,Steiert B,Lattermann S,Wäsch M,Stepath M,Matter MS,Heikenwälder M,Hoffmann K,Deharde D,Damm G,Seehofer D,Muciek M,Gretz N,Lehmann WD,Timmer J,Klingmüller U
  • Resolving the Combinatorial Complexity of Smad Protein Complex Formation and Its Link to Gene Expression
  • Posted by 九州大学 生体防御医学研究所 統合オミクス分野 久保田 浩行
  • 投稿日 2019/11/28

背景
TGFbに応答してSmad2/3/4の三種類のタンパク質は3量体を形成して下流分子を制御している。Smad2とSmad3は2か所のリン酸化部位があり、Smad4はリン酸化されないことから、これらの7つの分子(Smad2, pSmad2, ppSmad2, Smad3, pSmad3, ppSmad3, Smad4)から三量体が形成される組み合わせは84種類ある。しかし、どのような分子組成で三量体を形成し、どのように下流の遺伝子発現を制御しているかは不明のままである。そこで筆者らは実験と数理モデルを用いてどのような組み合わせが、どのように下流の遺伝子発現を制御しているかを明らかにしようと試みた。さらに、臨床サンプルを用いて、(比較的安定な)遺伝子発現情報から(不安定な)Smad経路の状態を推定することにも成功した。

内容
 まず筆者らはSmad経路の詳細なモデルを作成するために、肝がん由来のHepa1-6細胞内のSmad2/3/4の量を調べるために、特異的抗体とリコンビナントプロテインを用いて検討を行い、量を求めた。これらの量比はTGFb刺激を行っても変わらないことを確認した。同時にリン酸化Smad2/3抗体による結果からTGFb刺激によるこれらのリン酸化分子の量も定量的に求めた。さらにIPを行い、相互作用の割合を定量的に求めた。これらの結果を基に数理モデルを作成することで、84種の組み合わせの内、実際に細胞内で構成され得る3量体の組成を求めた。この数理モデルでのポイントは、各コンプレックス内での相互作用のパラメータは同一にしていることである。さらにモデル選択を行うことで、細胞内に主として存在する3量体がppSmad2/ppSmad3/ppSmad3, ppSmad2/Smad4/Smad4, ppSmad2/ppSmad3/Smad4の3種類であることを予測した。そして、これらのcomplexの存在を複数のIPを組み合わせた実験で検証した。
 次にこれらの3種の三量体が下流の遺伝子発現をどのように制御しているかを検討した。初めに、Smad2, Smad3, Smad4のKDまたは過剰発現を行うことで各分子の量を変化させ、その状態での3種類の3量体の量を予測した。さらに、TGFbで刺激することにより、その状態での遺伝子発現の量も定量した。これらのデータを用いて各遺伝子の3種類の3量体に対する依存性を検討した。その結果、Smadのコンプレックスの種類によって異なる遺伝子を制御していることが分かった。
 次に、Smad2, Smad3, Smad4の量を測定するだけで、他の細胞(HepG2, primary human hepatocytes)の遺伝子発現の応答を予測できるかどうか検討した。その結果、Smad2, Smad3, Smad4の量だけで(他のパラメータは同じで)異なる細胞の遺伝子発現を予測することができた。そこで次に、Smadシグナル伝達経路が重要であると報告のあるhepatocellular carcinoma (HSS)に注目した。ヒトからHCCのサンプルと健常サンプル30人分を取得し、Smadによって制御されている遺伝子発現量を測定した。そして、遺伝子の発現量をモデルに取り込み、Smadの3つの3量体量を逆算した。その結果3種の3量体の内、ppSmad3を含むppSmad2/ ppSmad3/ ppSmad3とppSmad2/ ppSmad3/Smad4の2つが優位にHCCで増加していることが分かった。また、HCCサンプルと健常サンプルでSmad2/3/4のタンパク量の増加が予測されたので検討してみると、実際に増加していることが分かった。ppSmad2の増加も予測されたのでFreshなHCCサンプルを別個に得て確認したところ、確かに増加していた。モデルの予測が実験で確認できたことから、遺伝子発現からの上流シグナル分子の状況(Smadなどの状態)を予測できることが示された。

雑感
84種の可能な組み合わせから実際に存在している(と考えられる)コンプレックスを予測できたのは面白い。さらに、(ある程度予測はされていたが)コンプレックスによって遺伝子発現の制御様式が異なることを示せたのも重要である。実験でも予測は可能だが、組み合わせが多すぎて絞り込むことはできない。そこに数理的手法を取り入れることで(確度の高い)結果を示せたのは重要である。次に、遺伝子発現の制御様式の違いを用いて、HCCの患者の遺伝子発現のデータからSmad経路の状態を推定できたこともおもしろい。このように、細胞種(全て肝臓細胞だが)を超えて細胞の内部状況をモデル化できたということに驚きがある。責任著者とこれについて話したが、「上手くいった」と言っていた。正直、細胞種を超えての予測は非常にパワフルであるが、実際にどの程度行えるかは今後の研究を見守っていかないと分からないところである。

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