• 前糖尿病における宿主−微生物動態の長期的マルチオミクス
• Posted by 九州大学　生体防御医学研究所　統合オミクス分野　湯通堂　紀子
• 投稿日 2020/02/19

２型糖尿病（T2D）は深刻になりつつある健康問題だが、その初期段階の病態や、生物学的プロセスに与える影響、臨床的なT2Dへの移行については殆ど分かっていない。T2Dの最初期段階をより詳しく理解するために、著者らは合計106人の健常者・前糖尿病患者のサンプルを4年間にわたり採取し、トランスクリプトーム・メタボローム・サイトカイン・マイクロバイオームの詳細なプロファイリングを下記の通りに行った。

・健常時来診サンプルのデータから624の健常基準値の特性を明らかにし、呼吸器ウイルス感染 (RVI; 32被験者の203来診中54エピソード)と、免疫化（22被験者の123来診中、29エピソード）の前期・後期・回復期のデータと共に解析した。
・各被験者の血液を宿主分子のオミクスプロファイリング（タンパク質、代謝物、ゲノムデータ、転写産物、サイトカイン）に用いた。便と鼻腔スワブを微生物プロファイリング（分類学、遺伝子予測)に用いた。
・上記プロファイリングから得られた624の健常基準値を調べ、分析された物質の発現・検出量と定常状態血漿グルコース値（SSPG）の相関を調べた。
・AUC検定により、インスリン抵抗性グループとインスリン感受性グループにおける、RVIに対する反応経路の動態を比較した。
・RVIとインフルエンザ免疫に対する、経時的なマルチオミクスデータの応答を調べた。
・インスリン抵抗性グループとインスリン感受性グループで、腸内細菌と宿主のマルチオミクスデータとの相関を調べた。
・長期に渡る各被験者のデータの追跡により、T2Dに先駆けて起こる分子の変化を調べた。

これらの長期に渡る豊富なデータセットにより、以下の知見が得られた。
1. 健常の特性は個体間で異なったが、個体内や個体間の違いには多様なパターンが見られた。
2. 呼吸器ウイルス感染と免疫化の期間に大規模な宿主と微生物の変化が起こり、免疫化が呼吸器ウイルス感染への応答とは異なる防御反応を誘発する可能性が明らかになった。呼吸器ウイルス感染の際には、インスリン抵抗性の被験者とインスリン感受性の被験者では、異なる応答を示した。
3. 特性が明らかになった数千の分子間の全コアソシエーション解析により、インスリン抵抗性の被験者とインスリン感受性の被験者で異なる、特異的な宿主−微生物相関が明らかになった。
4. ある被験者で、T2Dの発症に先行して、炎症マーカーであるインターロイキン-1受容体アゴニスト（IL-1RA）と高感受性C-反応性タンパク(CRP)を、生体異物誘発の免疫シグナリングとともに初期分子の兆候として同定した。
5. 本研究から、健常時と疾患時において、グルコース調節異常者と健常者で異なる経路・反応に関する知見が得られた。また、健常・前糖尿病・２型糖尿病についての更なる研究を可能にするオープンアクセスデータのリソースが提供された。

このような深層マルチオミクス測定により、個人レベルで疾患進展初期の分子兆候を調べることが可能になる。今後のコホート・個人レベルでの更なる研究によって、マルチオミクスで同定された因子がどのように健康に影響を与え、疾患初期にどのように変化するか明らかにできるかもしれない。