分子細胞生物学

PubMedID 29232552
Title Therapeutic Antibody Targeting Tumor- and Osteoblastic Niche-Derived Jagged1 Sensitizes Bone Metastasis to Chemotherapy.
Journal Cancer cell 2017 Dec;32(6):731-747.e6.
Author Zheng H,Bae Y,Kasimir-Bauer S,Tang R,Chen J,Ren G,Yuan M,Esposito M,Li W,Wei Y,Shen M,Zhang L,Tupitsyn N,Pantel K,King C,Sun J,Moriguchi J,Jun HT,Coxon A,Lee B,Kang Y
  • Therapeutic Antibody Targeting Tumor- and Osteoblastic Niche-Derived Jagged1 Sensitizes Bone Metastasis to Chemotherapy.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子発癌分野 岩前由衣
  • 投稿日 2018/01/25

 乳がんは女性がかかる癌で最も多い癌である。それゆえ、早期発見と効果的な治療法を達成すべく膨大な労力が費やされているが、乳癌女性患者の約20%がこの疾患で死亡する。その主な死因は骨転移と化学療法による薬剤耐性にある。最終ステージまで進行した乳がん患者は70%以上の患者が骨転移による骨の痛みや骨折、高カルシウム血症等の症状に苦しめられる。一度骨転移が起こると化学療法に対しての耐性をもつようになるが、この薬剤耐性が起こるメカニズムについては明らかにされていない。近年、BisphosphonateやDenosumab (抗RANKL抗体)といった骨吸収を促す破骨細胞をターゲットとした薬剤の登場により、骨転移した乳がん患者の骨病変に対して劇的に改善されたが、最終ステージの乳がん患者の全生存期間は改善されておらず、不治のままである。
 著者らは以前の論文にて腫瘍細胞に発現するJagged1(Notch Ligand)が破骨細胞の前駆細胞のNotch pathwayを活性化することで破骨細胞分化が促進され、乳がんの骨転移が促進することを報告している(Sethi et al., Cancer Cell 19, 192-205 (2011))。同時にNotch pathwayをターゲットとした阻害剤であるgamma-secretase阻害剤(MRK-003)が前臨床レベルにおいて骨転移に対する薬効を示した。しかしながら、このMRK-003は消化管毒性が見られたため、臨床に進めることはできなかった。今回の論文ではDenosumabを開発したAmgen社の協力のもとヒト完全モノクローナル抗体抗Jagged1抗体15D11を開発し、乳がん骨転移に対する様々なXenograftモデルを用いて15D11単剤、化学療法との併用における薬効薬理評価の結果と、15D11の乳がん骨転移に対する作用機序及び未だ明らかにされていなかった化学療法の薬剤耐性獲得のメカニズムについて報告している。
 著者らはまず始めに、抗Jagged1抗体15D11のin vitroでの薬理評価を実施した。その結果、15D11はヒト及びマウスのJagged1に対して非常に強い結合を示し、ヒトJagged1に対するIC50も3.67nMと非常に強い阻害活性を示した。同様に、macrophage様細胞株RAW264.7細胞やprimary bone marrow macrophageを用いた細胞評価、乳がん細胞と破骨細胞の2D co-cultureの系での細胞評価においても15D11による破骨細胞分化の阻害が確認された。また、一般的なin vivo毒性試験においてMRK-003のような毒性は観察されないというプロファイルを示した。次にin vivoでの15D11の乳がんの骨転移に対する薬効を検討した結果、15D11は予防的効果を検討するためのXenograftモデルでは顕著に抑制し、治療的効果を検討するためのXenograftモデルでも予防的効果程ではないが、骨転移を抑制していた。さらに、薬効を高めるために、既存の抗がん剤であるPaclitaxelとの併用療法を検討した結果、Paclitaxelとの相乗効果が示された。
 著者らはこの化学療法との併用効果に対するメカニズムを解析するために、まずは化学療法の骨代謝に関わる細胞群のJagged1の発現への影響を検討した。その結果、化学療法により骨芽系の細胞でJagged1が誘導されることを発見した。その結果を受けて、骨芽細胞特異的にJagged1を発現するトランスジェニックマウスCol1a-Jagged1マウス、乳がん細胞と骨芽細胞の3D co-cultureの系を用いてメカニズム解析を実施した結果、骨芽細胞のJagged1が腫瘍細胞の骨への生着と骨転移の進行ともに促進するだけでなく化学療法によって発現する骨芽細胞Jagged1gにより乳がん細胞のNotch pathwayを活性化することで薬剤耐性を獲得することも示唆された。
 最後に、化学療法を受けた乳がん患者でも同様の結果が得られ、乳がんの骨転移自然発症モデルでも15D11とPaclitaxelとの併用療法でも劇的な効果があったことから15D11が乳がん骨転移に対する新たな治療薬になりうると結論づけている。
 今回の発見は近年なかなか超えられなかった薬剤耐性の壁を壊すすばらしい発見で、特に15D11は骨へ転移する難治性の乳がんや再発性の乳がんに対する薬効のみならず副作用も少ないことから、今後の臨床への開発、さらには骨転移を引き起こす他のがんに対する適応拡大も期待される。

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  • 東京大学 医科学研究所 分子発癌分野 坂東 沙弥 2018/07/26
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 私も同じジャーナルを読みましたので、以下のように紹介させていただきます。
 乳がんは、日本の女性が罹患するがんのトップであり、骨転移が生じやすいことから、骨転移の予防や治療は大きな課題となっています。放射線治療や化学療法、ビスホスホネートやデノズマブのような破骨細胞阻害剤は、骨転移関連病態を抑制することはできるが、抵抗性により、腫瘍負荷の著しい減少や延命をもたらしません。
 ヒトの乳がんでは、Jagged1とNotch1の発現が亢進し、このことは顕著に予後不良と関連があると報告されています(Reedijk et al., 2005;Sethi et al., 2011)。γセクレターゼ阻害剤は、前臨床モデルで骨転移に対して治療効果を示したが、消化管毒性が誘導されます(Imbimbo, 2008)。そこで、Notch受容体や基質を標的とすることでは、消化管毒性を起こさずに、治療効果を得ることができると筆者たちは考えました。
この論文で筆者たちはXenomouse を用いてJagged1に対する完全ヒトモノクローナル抗体を開発し、阻害効果や結合親和性、特異性に基づいて、15D11を選びました。15D11は、in vivoで消化管毒性を示さず、Jagged1を発現する乳がん細胞の骨転移を減少させ、さらに15D11は、通常の骨恒常性を維持し、病態的破骨細胞形成だけを阻害したことからも、骨転移治療薬の臨床開発において前途有望であると言えます。
 筆者たちは、化学療法抵抗性の機構に関して、腫瘍の微小環境、特に転移臓器側に特有の間質性ニッチに焦点を当て、骨転移の化学療法抵抗性は、腫瘍と骨芽細胞の相互作用により促進されることを明らかにしました。この論文では、化学療法薬が骨芽細胞やMSC(間葉系幹細胞)でのJagged1発現を誘導し、Notch経路の活性化を促進させることで、腫瘍細胞に化学療法抵抗性を促進するようフィードバックを起こすことを示した。in vitro 3D 共培養アッセイやさまざまな骨転移モデルマウスを用いて、15D11の作用を調べると、15D11は、腫瘍細胞や骨転移の化学療法に対する感受性を顕著に増加させた。15D11と化学療法の併用は、骨転移モデルマウスにおいて、100倍近く骨転移負荷を減少させた。
 多くの乳がん患者が、原発性腫瘍を切除した後、アジュバント化学療法により、再発予防をしますが、それでも、ほとんどの患者で骨や他の臓器への転移が起こり (Anampa et al., 2015)、これは播種性がん細胞が関係します (Braun et al., 2005)。筆者たちは、化学療法に誘導された骨芽細胞内のJagged1が、播種性がん細胞にとって有利なニッチを提供している可能性があり、そこを標的とすることで骨転移を減少させるかもしれないと考え、自然発生的に乳腺から骨に転移しうる4T1.2腫瘍細胞をマウスに接種し、化学療法と15D11の併用効果を調べました。すると、併用により、顕著に骨転移は減少した。15D11が安全であるとわかれば、すでに確立された骨転移の治療だけでなく、初期の乳がん患者や骨転移が起こりやすい他のがん患者の再発予防に対しても理想的な薬剤であると言えます。