分子細胞生物学

PubMedID 29805078
Title Targeting p38α Increases DNA Damage, Chromosome Instability, and the Anti-tumoral Response to Taxanes in Breast Cancer Cells.
Journal Cancer cell 2018 Jun;33(6):1094-1110.e8.
Author Cánovas B,Igea A,Sartori AA,Gomis RR,Paull TT,Isoda M,Pérez-Montoyo H,Serra V,González-Suárez E,Stracker TH,Nebreda AR
  • Targeting p38α Increases DNA Damage, Chromosome Instability, and the Anti-tumoral Response to Taxanes in Breast Cancer Cells.
  • Posted by 東京大学 医科学研究所 分子発癌分野 阿部 智帆
  • 投稿日 2018/06/23

 染色体の不安定化(Chromosomal instability, CIN)は高い割合で構造や染色体数に異常が生じている、と定義されており、がんにおいては、CINは腫瘍形成を促進し、患者の予後に悪影響を及ぼすと考えられている。しかし、最近の研究で様々な種類のがんにおいて、非常に高い割合のCINが確認されている患者の予後が良いということが明らかとなった(Brinbak et al., 2014)。CINはDNA修復機構が働かないときに見られることから、近年、DNAの複製ストレスを増加させる、つまり修復機構を阻害し、CINの割合を高めるような薬剤がいくつかのがん種の治療に有効ではないかと考えられている。
DNA損傷に反応し、修復に働くのがMAPKファミリーのATRや, Chk1である。また同じMAPKファミリーのp38αは正常細胞では腫瘍抑制因子として働くことが知られている。しかし、近年、p38αを阻害することによってがん細胞の増殖が抑制されることが明らかとなった(Cambell et al., 2014)。このことから筆者らはp38αががん細胞でDNAの修復にどのように関与しているのかを明らかにするとともに、p38αとCINの関連を調べることを目的とし、本研究を行なった。
 まず筆者らはp38αががん細胞において増殖を促進させ、一方で細胞死やDNA二本鎖切断を抑制している、つまりp38αが腫瘍形成の促進に重要な役割を果たしている、ということを明らかにした。続いて筆者らはp38αががん細胞の恒常性を保つ上でどのような役割を果たしているか、ということを検討した。p38αを欠損させた乳癌細胞株用いてp38αが欠損するとDNAの一本鎖、二本鎖どちらも切断される可能性が高まり、またDNAの複製にも遅れや、停止が誘導されやすくなってしまうということが判明した。筆者らはp38αが欠損してしまうと複製機構が上手く働かなくなってしまうというここまでの結果から、複製に関連したDNA損傷に重要なセリンスレオニンキナーゼであるATRの基質、RPA, Chk1とp38αの関係について調べた。その結果、p38αが欠損した癌細胞ではDNA損傷が生じた際にRPAやChk1のリン酸化が抑制されていることが明らかとなり、またRPAのシグナルを受けて働く相同組み換えに重要な役割を果たすRAD51が発現している細胞の割合が減少していることが明らかとなった。これらの結果からp38αにより、相同組み換えによるDNA修復機構が制御されている、ということが分かった。この結果を受けて、筆者らはDNA修復時のDNA末端の切断に重要なCtlPというタンパク質とp38αの関連を調べることした。その結果、p38αがCtlPの847番目のスレオニンをリン酸化することによって、DNA修復機構が活性化する、ということが分かった。続いて筆者らはp38αが欠損することにより、セントロメアや、小核の増加する、つまりCINが高まるということを明らかにした。これまでの結果から、筆者らはp38αの阻害剤とDNA修復機構やCINを阻害する抗がん剤を併用することで、治療効果が高まるのではないか、という仮説を立て検討した結果、CINを誘導するタキサン系の薬剤とp38αの阻害剤を併用することによって乳癌モデルマウスであるMMTV-PyMTマウスにおいて、薬剤単独で使用するのと比較して、腫瘍の抑制、ならびにDNA二本鎖切断、有糸分裂の異常が顕著に誘導されている、ということを明らかにした。また実際のヒトluminal、triple negativeタイプの乳癌を移植したマウスにおいても併用療法の有効性を示唆する結果を示した。これらの結果は、p38αとタキサン系薬剤の併用療法が、今後の治療戦略として有効であることを示唆した。
 本論文ではp38αの腫瘍形成、悪性化に関わるメカニズムの詳細を明らかにし、その特性を踏まえ、タキサン系の抗がん剤との併用療法の有効性を示した。p38αの阻害剤は近年、近年新しい抗がん剤として臨床試験が行われており、今回の論文の成果は今後の癌治療における治療戦略を考える際の非常に重要な知見となるだろう。しかし、DNA修復機構の阻害や染色体の異常を高める併用療法を実際に用いるには、重い副作用が懸念されるため、安全性の検討が重要になってくると感じた。

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