数理解析

PubMedID 27136057
Title Personalized Whole-Cell Kinetic Models of Metabolism for Discovery in Genomics and Pharmacodynamics.
Journal Cell systems 2015 Oct;1(4):283-92.
Author Bordbar A,McCloskey D,Zielinski DC,Sonnenschein N,Jamshidi N,Palsson BO
  • ゲノミクスと薬力学上の発見のための個人毎の細胞内全代謝キネティックモデル
  • Posted by 九州大学 生体防御医学研究所 統合オミクス分野 松崎 芙美子
  • 投稿日 2019/05/16

Highlight:
24 の健常人の血漿/赤血球の代謝物データと代謝ネットワークを使用し、個人毎に赤血球全体のキネティックモデルを作成した。推定されたキネティックパラメータは、代謝物量自体よりも個人の遺伝子型を説明し、これらのモデル間では生理的なタイムスケールにおいてダイナミクスの差違が見られた。また、作成したモデルを用いて、薬剤副作用の感受性や、それらと遺伝子変異の関連性について予測を行った。

背景:
Kinetic model
・キネティックモデルは、in vitro で測定した Km, kcat, E0 を用いた速度式により生物物理的アプローチで古くから作成されてきた。しかしパラメータ測定が難しいことや、in vitro で測定したパラメータが in vivo の解析に適しているかという問題があり、モデルスケールの拡大や個人毎のモデル作成は行われてこなかった。しかし近年、代謝、シグナル伝達、遺伝子制御ネットワークのキネティックモデルの作成が様々なアプローチによって行われてきており、その中には化学の基本原理である mass action を応用するものがある。本論文でも mass action を用いた Mass Action Stoichiometric Simulation (MASS) によって、詳細が異なる機構を柔軟に取り入れ、in vivo で測定したオミクスデータを用いた個人毎のモデルの作成を試みた。

Mass Action Stoichiometric Simulation (MASS) model
・MASS 法では、異なる種類のデータを統合してキネティックモデルを作成し、そのシステム特性を解析する [Jamshidi and Palsson, 2010, Jamshidi and Palsson, 2008]。具体的には、ネットワーク構造、各反応の平衡定数、代謝物濃度を用いて定常状態における物質収支式を解き、速度定数を求める。求めた速度定数より、ヤコビアンを算出する。
・QC の項目を満たせなければ、実験誤差を加味して流束、代謝物濃度、平衡定数を調整してモデルを修正する。

Jacobian matrix
・多変数ベクトル値関数 f のヤコビ行列(ヤコビアン)は、f の各成分の各軸方向への方向微分を並べてできる行列である。

Markov chain Monte Carlo (MCMC) sampling
・モンテカルロ法とは、(疑似)乱数を用いた手法の総称である。
・時点 t において状態が i (i ∈ S) であるものが次の時点 t + 1 において j となる条件付き確率について、以下の性質を全ての t について満たすならば、その確率過程のことをマルコフ連鎖と言う。
・マルコフ連鎖では、未来の状態 x(t+1) は現在の状態 x(t) のみに依存し、x(t) が所与の下では、過去の状態の履歴 x(1), …, x(t-1) と独立になる。
・モンテカルロ法における乱数の発生にマルコフ連鎖を用いるのがマルコフ連鎖モンテカルロ (MCMC) 法である。
・MCMC は現在のベイズ的なアプローチにおいて必須の道具になっており、ベイズ推定において従来困難であった複雑なモデルの推定に用いられる。マルコフ連鎖の性質を利用したアルゴリズムによって、推測の対象である未知母数の事後分布が複雑な場合にも、これに従う乱数を発生させることが可能になる。

方法:
Constraint-based model construction and flux calculations
・ヒトグローバル代謝ネットワーク (Recon1) より代謝物データがカバーしない部分のネットワークを除き、代謝物およびタンパク質のデータが得られた部分のネットワークを追加することで、赤血球代謝ネットワーク (iAB-RBC-283) を作成した。文献値よりモデル内外の流束や、NADH・ATP の流束、カタラーゼ活性、流束のスプリットを設定した。流束が実測されている場合は、平均値の ± SD を流束の取り得る範囲とし、実測されていない場合は、測定されている流束の平均値の 75%-125%を取り得る範囲とした。流束状態の候補を MCMC で 5000 セットサンプリングし、その平均を初期の流束状態として用いて基準モデルを作成した。このうち 300 のセットをランダムに抽出しアンサンブルモデルを作成した。

Kinetic model construction
・代謝物の初期値や Keq は文献値としたが、実測できていない代謝物濃度は、熱力学的に取り得る範囲内で MCMC サンプリングにより設定した。トランスポーターの Keq は既存の方法で設定した [Jol et al., 2010]。血漿中の代謝物濃度は一定であると仮定した。ヤコビアンの固有値によりモデルの安定性を確認し、不安定な場合には、3 乗の範囲内において必要最小限で Keq を調整した。基準モデルの作成時には、24 人の平均代謝物濃度を用い、個々の代謝物濃度は、熱力学的に矛盾がないように QP 問題として最小限の調整を行った。
・個人毎のモデル作成時には個々の代謝物濃度を用い、モデルが安定になるように、基準モデルと同様に 1 乗の範囲内で代謝物濃度を調整した。その後、サンプリングしたフラックスを用いて基準モデルおよび各個人毎に 300 のアンサンブルモデルを作成した。作成したモデルのうち、ATP/ADP 濃度を 5% 減少/増加させた場合に定常状態に到達するもののみを採用した (採用モデル数は 62-287/300)。このうち個人あたり 48 ずつのモデルをその後の解析に使用した。
・各酵素のキネティクスは、実測される kinetic constant である pseudo-elementary rate constant (PERC) より見積もった。PERC は伝統的なキネティックパラメータ (kcat, [E]0, Km) が統合されたものであり、全てのオミクスデータより見積もった。

Markov chain Monte Carlo (MCMC) sampling
・artificially centered hit and run (ACHR) アルゴリズムを改変して実行した [Bordbar et al., 2010]。ごく簡単には、設定した範囲内において以下の操作を行った。
(1) warm up point を linear programming で非一様な疑似乱数として発生させる。
(2) 変化の向きを、ランダムに発生させた値と全てのポイントの中心値の差分として決定する。
(3) 変化の大きさを、ランダムに決定する。
(4) (2), (3) の向きと大きさで warm up point を移動させる。
(5) (2-4) を反復する。
(6) 得られた全てのセットを混合し、一つのセットを作成する。

結論:
・メタボローム/プロテオームデータを用いて、MASS 法により個人毎のキネティックモデルを作成し、ダイナミックな代謝応答の多様性を示した。そして、推測された酵素の活性や量の複合パラメータ (PERC) の多様性は、代謝物量そのものよりもゲノム配列多様性と相関していた。本成果は代謝のダイナミックな応答の多様性と遺伝子型をボトムアップで繋げるものであり、独創的である。本論文ではデータのサンプルサイズが小さいために、代謝酵素をコードする遺伝子周辺の多型がその酵素の PERC の多様性を説明しうるかということについてのみしか解析は行っていないが、今後サンプルサイズを上げることにより、全ゲノム領域への応用が期待できる。
・さらに、作成した個人毎のモデルを用いて、RBV 投与による溶血性貧血傾向の予測も行った。この際推測される溶血性貧血の発症機序は、知られている ITPA 不全による溶血性貧血保護機構と整合性がとれる。この成果は、キネティックモデルによる薬物応答予測の可能性を示した点で有意義である。
・今回使用した MASS 法では、パラメータフィッティングを用いた方法とは異なり、保存則と熱力学的拘束を生化学ネットワークに加えた flux solution space 内で PERC を算出する。本論文では、このような方法で解が求められるということだけでなく、作成されたモデルの有用性が示された。

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